【放浪の旅】ユーレイルパス88日間 #5(1984/7/22) パリ北駅からアムステルダムへ
7/22(日)の朝、私は3泊した一つ星ホテルをチェックアウトし、徒歩でパリ北駅(Gare du Nord)に向かう。どんな天候だったかの記憶はないが、雨は降ってはいなかったはずだ。

この日から約3か月に渡り、ユーレイルパス鉄道網で西ヨーロッパの主要な街を訪れる「放浪の旅」が始まる。
まず、駅の窓口で大事な儀式、ユーレイルパスの Validation(使用開始手続き)をする。ユーレイルパスを差し出し、片言の英語で依頼した。
「22. JUIL. 1984 PARIS-NORD」
そう刻印されたスタンプを見た瞬間、いよいよ本当に西ヨーロッパを鉄道で放浪する旅が始まるのだという喜びと少しの不安を感じた。
「放浪の旅」の終わりにはたして何が待ち受けているのか?


ユーレイル加盟国が一目で分かる
各国鉄道会社の当時のロゴあり
1984年7月16日、私は東京の旅行代理店で有効期間3か月間のユーレイルパスを16万2,000円で購入した。
当時(1984年)の大卒初任給(男女平均)は約14万3,500円。つまり、このパス1枚が新入社員の約1か月分の給料を上回る価格だった。
それでも、この1枚のパスで当時ユーレイルパスが利用できた西ヨーロッパ16か国の鉄道に有効期間内であれば乗り放題(1等車にも)という便利な周遊券で、自由に旅するための「鍵」だった。
当時はまだユーロもなく、スマホもない時代。国際列車に乗ること自体が、ひとつの大きな冒険だった時代。
🚆 パリからアムステルダムへ
【今回のルート概略】
🇫🇷 フランス(France)
★ パリ北駅(Paris Nord)10:23発
│
│ InterCity 「 Île de France 」
│
アミアン(Amiens)
│
──────────────国境
🇧🇪 ベルギー(Belgique)
モンス(Mons)
│
ブリュッセル南駅(Bruxelles-Midi)
│
アントワープ中央駅(Antwerpen-Centraal)
│
──────────────国境
🇳🇱 オランダ(Nederland)
│
ロッテルダム中央駅(Rotterdam Centraal)
│
ライデン中央駅(Leiden Centraal)
│
ハールレム(Haarlem)
│
★ アムステルダム中央駅(Amsterdam Centraal)16:35着
トーマスクック時刻表を見て、あらかじめ予定していた国際列車である。
パリ北駅〜アムステルダム中央駅(約543km)は、東京〜新大阪(約515km)より少し長い距離。約6時間でフランス・ベルギー・オランダの3か国を走破した。

私が乗った国際列車は、一等車6人定員のコンパートメント。

詳しく調べた結果、
種別:InterCity
列車名:イル・ド・フランス(Île de France)
と判明
残念ながら赤い表紙のトーマスクック時刻表は2024年の12月に処分してしまっていた。
当時の西ヨーロッパの列車には、廊下の横に個室が並び、向かい合わせの座席に見知らぬ人同士が数時間を共にする文化が残っていた。
予約席もあったが、今回は予約をしていないため、私は「NON-RESERVE」のコンパートメントに入った。
そこで一緒になったのが、パリからロッテルダムに帰る初老の婦人だった。
冷房をMAXにしてもまだ暑そうにしている。日本人の私の感覚ではまだ冷房を必要としない気温である。
私は寒いなと思ったが、若かったこともあり、何も言えなかった。
英語で少し会話をした。
彼女はしきりにアムステルダムの荒廃を嘆き、ロッテルダムはオランダでもっとも住みやすい街であると強調していた。
その中で彼女がぽつりと言った言葉を、私は40年以上経った今でも覚えている。
「アムステルダムは住む所じゃない」
当時の私は、その意味をよく理解できなかった。
🌍 国境を越えているのに、何もない
フランス、ベルギー、オランダと列車は走っていく。
ところが、密かに期待していた「パスポートチェック」が、無かったのである。
車窓の風景が静かに変わっていくだけで、国境を越えた感覚はまったく無い。

列車のイメージ(生成AI作成)
「西ヨーロッパとは、こういう世界なのか」
日本人には、それが強烈な印象だった。
🏨 アムステルダム到着、そして風邪
アムステルダム中央駅に到着したのは夕方。
まず、駅で現金700フランス・フランを両替し、アムステルダムで使える通貨オランダ・ギルダーを手に入れる。さらに無料の市内案内マップも必要不可欠だ。

イメージ(生成AI作成)
駅を出て、適当にホテルを探し回ったが、2時間を費やしても見つからない。ツーリストが多すぎるのだ。どこのホテルも満室だった。
仕方なく、駅のインフォメーションでホテルを紹介してもらい、チェックインできたのは20時頃だった。
ホテルへは初めての地での不安、風邪による体調不良のためタクシーで移動した。
ホテルはシャワーとトイレ共同、朝食付きで1泊60ギルダー、なんて高いのだ。しかも駅から相当離れている。
ツーリストが多く、街全体がどこか騒がしい。
疲れと空腹と寒気で最悪。空腹はホテル近くのインド料理で満たされたが、寒気が続いている。あの強力な冷房のせいだ。
翌日から本格的に風邪をひき、しばらく寝込むことになる。
この風邪が、その後の旅程を大きく変えることになるとは、この時の私はまだ知らなかった。
📝 当時の旅の手帳より
両替 現金700FFr→245ギルダー(1ギルダー≒80円)
ホテル紹介手数料→8.5ギルダー
夕食(インド料理)→30ギルダー
ホテル(2泊分)→115ギルダー
コーラ2缶→3ギルダー
タクシー代→15ギルダー
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