「はじめてのお金」が無職を救う
「あの、大丈夫ですか?」
道端で大きな荷物を抱えて休んでいるおばあさんを見かけて声をかけた。
小学一年生の夏休み、ある日の午後のことだ。
昔から人見知りで、知らない人との接触を全力で避ける子供だった私が声をかけるほどだから、よほど困っているように見えたのだろう。
なにぶん昔のことで記憶が不確かなのだが、「荷物が重くて疲れたから休んでいた」というような事情だったと思う。
私は荷物を持ってあげることにした。
しかし、歩けども歩けども目的地には着かない。
そのうちに陽が沈み暗くなってきた。
やがて、ある住宅街に着いた。
「ここでいいわ。ありがとう」
そう言って、おばあさんは財布から硬貨を取り出し、私の手に握らせてくれた。
いつもお小遣いでもらう硬貨より大きく、ずっしりとしたそれは…
500円玉だ!!
当時の小学生にとって500円は大金だ。
実はちょっと後悔していた。
足は痛いし、荷物は腕に食い込むし、汗はベタベタするし、知らない大人と喋るのは気を使うし…
でも一気に報われた気がした。
私は良いことをしたのだ。
こんな大金をお礼にくれるほど感謝されているのだから!
疲れも吹き飛んで、意気揚々と家に帰った。
お母さんにも褒められるかもしれない。
だが、予想に反して、むちゃくちゃ怒られた。
おばあさんと別れた時点ですでに陽が沈んでいたから、家に着いた時には真っ暗だった。
時刻は午後7時をとうに過ぎていた。
それほど遅い時間ではないが、小学生が一人で出歩くにはよろしくない時刻だ。
警察に相談する寸前だったと、後から知った。
「死ぬほど心配したのに、500円もらってルンルンで帰ってきたから引っ叩こうかと思った」とは母の談である。
ごもっともです。
ごめんなさい。
この時の500円が、自分で手に入れた「はじめてのお金」である。
それまでもお小遣いやお年玉はもらっていたが、うちはお手伝いにお駄賃が発生するシステムをとっていなかったから、労働の対価としては「はじめてのお金」だ。
500円玉は母に預けて、私の名義でしていた積立預金の中に一緒に入れられた。
一人暮らしを始めた時に、その通帳を渡された。
いま私は無職無収入なので、そのお金を溶かして生きている。
小学生の私が稼いだ「はじめてのお金」が、うん十年の時を経て今日の私の命綱になっている。
金は天下の回りものとはよく言ったものだ。
ところで、この記事を書くために記憶をたどっていて、気になることがあった。
あのお婆さんは、何をしていたのだろう?
住宅地で「ここでいいわ」と言われたけれど、どこかの家に向かう様子もなかった。
大人の足ならそれほどでもないけれど、大量の荷物を持って歩くには遠すぎる距離。
バス路線は充実している地域だったから、目的地がはっきりしているのなら普通はバスに乗るのではなかろうか…
本当にあそこが目的地だったのだろうか?
い、家出とかじゃないよね?
今になって急に心配になってしまったのであった。
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