【つむぎ庵日記】オステオパシーでも残った違和感が消えた日
排泄介助で痛めた腰。動けるけれど、拭えない違和感。
先週の土曜日のこと。介護の現場で排泄介助をしている際、うっかり腰を痛めてしまいました。
幸い、動けなくなるほどの重傷ではなかったものの、体を動かすたびに「イタタタ……」と思わず声が出てしまうような状態。翌日の一晩中続く夜勤の仕事もなんとか気力で乗り切りましたが、「このままだと今後の仕事や生活に支障が出てしまう」という強い危機感がありました。
そこで月曜日、仕事終わりに駆け込むようにして、たまたま見つけた整体院へ。そこは「オステオパシー」という施術を行っているところでした。
※オステオパシーとは19世紀後半にアメリカの医師によって開発された「身体全体をひとつのつながりとしてみる」自然医学・整体療法のこと。
施術を受けると、確かに体は多少ラクになり、内臓の動きが活発になる感覚もありました。応急処置としては本当にありがたかったのです。しかし、どうしても体の奥底に残る、言葉にできない「微細な違和感」だけがカチッと居座ったままでした。
京都での再会と、新しいセラピーのモニター体験
そして今朝。私は少しドキドキしながら京都へと向かいました。
今回、大島ケンスケさんが新しく開発されたという施術を受けるため、東京から来られていた、ケンスケさんと久しぶりにお会いするのが目的でした。今回はその「モニター体験」をさせていただける機会をいただいたのです。
※大島ケンスケさんについてはこちら→
実は1ヶ月ほど前から、この6月30日に京都で会う約束をして予約を入れていたのですが、まさかその直前に自分が腰を痛めるなんて思ってもみませんでした。本当に絶妙すぎるタイミングです。
触れられているうちに、奥底の強張りがほどけていく
ケンスケさんが新しく開発されたというその施術は、事前にはまだ名前のない「頭骨調律」としか言えないヒーリング的な施術、とだけ聞いていました。
なので、私の頭の中にあるイメージは「アクセスバーズ」のようなもの。頭の中のおしゃべりが止まればラッキーぐらいの感覚で軽く申込みをしたんです。
ベッドに横たわり、ケンスケさんの施術が始まります。
初めは「モニターなんだから感想を伝えられるように感覚を研ぎ澄まさなきゃ…」と無駄な力が入っていたと思います。ただそんな私の力みは呆気なく崩壊します。
本当に優しく触れられているだけのような感覚なのですが、この感覚に身を委ねると気がつくと意識を手放していました。
気がつくと施術は最後の調えに入っていて、優しく終わりを告げられます。
正直、施術終わりに劇的な変化や感動はありませんでした。ですが、ゆっくりと身体を伸ばし、何気に前屈態勢を取った時、気がついたんです。
昨日、別の整体院でオステオパシーを受けてもどうしても拭えなかった、あの腰の奥底にあった「微細な違和感」が、ほどけているということが…。
「あ、嘘みたいに違和感がなくなっている……!」
強い力で無理に整えるのではなく、体の微細な声にじっと耳を傾け、そっと寄り添うようにして強張りを解放していく。
「頭の中を調えるだけじゃなく、身体まで調うの!?」
ケンスケさんの新セラピーの圧倒的な技術と、その心地よさに、ただただ感動してしまいました。
施術内容的には、オステオパシーから派生したクラニオセイクラル・セラピー(頭蓋仙骨療法)に近いかもしれません。そこにアクセスバーズ要素を付加したもの。
言語化するとしたなら、そんな感じです。
私自身が西洋レイキを扱うこともあり、エネルギーヒーリングについての体感が一般よりは高い傾向にあります。その前提を踏まえて話を進めますが、多くのエネルギーヒーリングと呼ばれるものは、水道管にエネルギーを流すイメージ。深度も施術者により異なります。
ただ、ケンスケさんの施術は、もっともっと繊細。
針に糸を通すように細かく、その糸を細胞間で繋ぎあわせながら整える。深度も初めは浅い表面の凝りをほぐし、少しずつ深めていく。
こんなに微細なエネルギー調整は、解剖学的な知見とエネルギー操作能力がなければできないこと。
介護という身体を使う仕事だからこそ、利用者様により良いケアを提供するためにも、自分自身を守るためにも、私にとって身体のメンテナンスは必要不可欠なもの。
なので今まで様々な施術を受けてきました。一般的な柔道整復師が行う整体、鍼灸師が行うはり治療、カイロプラクティック、タイマッサージ、中国式マッサージ、オステオパシー、アクセスバーズ、メタトロン…自分の体にかけた時間とお金は結構多い方だと思います。
そんな私が初めて施術後に「味わいたい」と感じたのです。
調えられた今の身体を。
そう、ケンスケさんのセラピーは「整える」ではなく「調える」が的確なんです。
辞書的に「整える」:形や秩序を正しくする、「調える」:必要なものを揃える・調和させるという意とあります。
私的には…
施術後に劇的な変化や感動があるものは、整える。
施術後に違和感なく馴染むものは、調える。
そんな区別が新しく生まれた瞬間です。
「微細な声」に寄り添うということ
今回、自分自身の体を通して「大きな不調だけでなく、本人にしかわからない微細な違和感に気づいて、そっと手を当ててほどいていくケア」の凄さを身をもって体感しました。
これって、私が「紬庵(つむぎあん)」として届けていきたい、一人ひとりの思いにどこまでも柔軟に寄り添うケア(シルバーシッター)のあり方とも、深く繋がっている気がします。
素晴らしいモニター体験をさせてくださり、そして何より私の腰を救ってくださったケンスケさん、本当にありがとうございました!この感動が、必要としているたくさんの人に届きますように。
