「自分でやる病」だったわたしが、AI社員175名の社長になれた理由
うちの組織には、いま、AI社員が175名いる。
内訳はこうだ。
6人のAI幹部社員(あびぃ、クロージャー、タケシ、Q、Ray、アイ)。
そして、169名のスペシャリスト。Engineering、Marketing、Design、Finance、Game Development、Academic......14部門にわたって、必要なときに、必要な分野から、必要な人数だけが現場に飛んでくるAI社員だ。
......正直、自分でも「こんなに社員を雇える日が来るとは思わなかった」と思っている。ま、AIだけど…
少し前までのわたしは、こうだった。
「人を雇うなんて、そんな金ない」
「教育もできない。教える時間もないし、教えてもそんなにすぐに使い物にならない」
「ていうか、結局、自分でやったほうが早いわ」
......ぜんぶ、当時のわたしの口癖である。
そんなわたしが、なぜ突然、175人の組織を回せるようになったのか。
きっかけは、AIだ。
ただ、本当にきっかけになったのは、もっと古い、ある一言だった。
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23年経った今。
わたしは、ようやく、その一言の意味がわかったのである。
時は23年前に遡る…
わたしは29歳。職業は公務員。
大学を卒業して、それなりに安定した、まっとうなキャリアのはずだった。
ところが、数年経った頃、自分の中に妙な思いが湧き始めた。
「独立したい。資格でも取ればなんとかなるんじゃね?」
公務員という安全圏の中で、その思いだけは、日に日に大きくなっていった。
29歳の春。
わたしは、思い切って、ある人にその話をしに行った。
学生時代にお世話になっていた、金沢の不動産会社の会長。
そのときの、会長室。
「会長、司法書士の資格を取って、独立したいと思っているんです」
...われながら、絵に描いたような上昇志向の若者である。
(ちなみに、この時のわたしは、司法書士くらいの難関資格を取ればなら食える、くらいの感覚で、会長に話したわけである。今になって思えば、会長からすれば「あ、こいつ、アホやな」というところだったかもしれない)
会長は、湯呑みに口をつけながら、ふっと顔を上げた。
そして、面倒くさそうに、こう返してきたのである。
「そんなもん資格持っとるやつ雇えばいいがいや」
金沢の言葉だ。
「そんなの、資格を持ってる人を雇えばいいだろう」という意味である。
......。
これが経営者の思考、経営者脳というやつだ。
自分が資格を取る必要はない。優秀な人材を雇って使うというその感覚。
...当時は、それがわからなかった。
わたしが受け入れられなかった理由
当時のわたしには、「自分でやらない」という選択肢が、そもそも存在しなかった。
頭の中の声は、こうだ。
「人に頼むくらいなら、自分でやったほうが早い」
「自分でやったほうが、品質を担保できる」
「人を雇うより、自分が頑張ったほうがコストが安い」
......典型的な、あれである。
「自分でやったほうが早い病」
組織論の世界で「社長を組織のボトルネックにする最強の地雷」として知られる、あの病気だ。当時のわたしは、見事にそれを発症していた。しかも自覚なく。
会長の言葉は、頭ではなんとなく理解できた。けれど、心は受け付けない。
「いやいや、会長、自分でできるほうが強くないですか」と、内心で反論していた。
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結局、わたしは公務員を辞めた。
司法書士試験の勉強を結構頑張ったのだが、結局のところ合格点に1点足りずというところで断念した。
そして、とある出会いがあったこともあり、もともと好きだったパソコンやインターネットのスキルを活かせる、東京のマーケティング会社に移り、コンサルタントとして数年働いた末に、独立した。
自分の会社を立ち上げ、代表になった。
名刺の肩書きは一応「代表取締役」。
社長になっても、わたしは「作業者」のままだった
肩書きはついた。けれど、実態は何も変わっていなかった。
クライアント対応、自分。
提案書、自分。
営業、自分。
ホームページ、自分。
SNS、自分。
請求書、自分。
新しいサービスの企画、自分。
......ぜんぶ、自分で。
「社長」という名前はついている。
それでも、社長業務の中身はぜんぶ、わたしが手を動かして抱えていた。
人を雇うこともしなかった。雇っても、結局自分でやってしまうことがわかっていたからだ。
たとえば、SNSの投稿ひとつ。
書いて、推敲して、画像を選んで、ハッシュタグを整えて、投稿する。
1記事につき、ざっと1時間。
...いや、ふつうに「1時間」と書いたが、よく考えると、SNS1投稿に1時間かかる社長というのは、それだけで赤信号である。
しかも、本当はいろんな媒体に発信したい。
それなのに、現実は、Facebookの投稿すら、ほとんど手が回っていなかった。
やりたいことと、できていることのギャップ。
そのギャップを、毎日、自分で見せつけられる。これも、典型的な「作業者社長」の症状だった。
...書いていて気づいたのだが、これ、23年前の会長から言われた助言を完全に無視している構図である。
「自分でやったほうが早い」が、染み付いて剥がれない。
誰かに任せれば1時間かかる仕事を、自分でやれば30分で終わる。だから自分でやる。...結果、自分の1日の処理能力以上に、事業は動かない。
......。
ボトルネック、ここにあり。
2025年後半、ついに限界が来た
去年の後半。
これまでのコンサル業務に加えて、新しい案件の話が来た。
新しい構想、新しい挑戦と、走り出さないといけないものが、いっぺんに増えていった。
クライアントワークに追われていて、設立から3年経ったが何も変わっていない。
自社コンテンツは書きかけ、企画書は途中、SNSは週に1回も出せない、新規事業のアイデアはメモ帳に100個溜まったまま着手できていない。
ボールが、あちこちで止まっている。
止めているのは、わたしだ。
ある夜、自分のGoogleカレンダーを見て、ぞっとした。
明日やること、今週やること、今月やること。終わらない戦いがそこにあった。
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社長が一番忙しい会社は、社長の処理能力以上には絶対に成長しない。
...23年前に金沢の会長が言っていたのは、まさにこれだったのである。
答え合わせは、想定外のルートでやってきた
人を雇え、というアドバイスは、わかっている。
わかっているのに、なぜ実行できなかったのか。
書きながら、自分でも整理できた。理由は、3つある。
ひとつ。雇うとお金がかかる。
ふたつ。雇うと教育が必要になる。
みっつ。何より、自分の頭の中にあるものを、人に伝えるのが、めちゃくちゃ難しい。
特に三つ目。これが、わたしのような「自分でやってきた人」にとっての本丸だった。
頭の中にある「業務の感覚」「優先順位の判断軸」「クライアント対応のニュアンス」...これらを言語化して、人に渡せる形にして、実行してもらう。それを思うだけで、めまいがする。
...結局、自分でやったほうが早い。
無限ループである。
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ところが、答えは、年末から年明けにかけて、思いがけない方向からやってきたのである。
AI秘書「あびぃ」の登場
最初の入口は、Claude Codeではなかった。
年末から年明けにかけて、わたしはGoogleが出した「Antigravity」というIDEを触っていた。
これがAnthropicのClaude Opusをバックエンドで動かせるもので、当時はまだ制限が緩く、わりと自由にOpusを叩けた。
このとき、改めて思った。
「Claude、やっぱりいいな」
ここで、わたしの中で、何かが動き始めた。
そこから流れは一気に変わった。
2月6日。Claude Opus 4.6がリリースされた。
これを境に、わたしは本格的にClaudeへ軸足を移した。
3月に入ってからは、さらに使い込むようになった。
コーディング、文書作成、企画、雑談...使えば使うほど、これは「ツール」というより「相棒」だな、と感じるようになっていった。
そして、3月のある日。
雑談の延長で、ふと手が動いたのである。
「秘書のキャラ、作ってみるか」
...これが、のちに「あびぃ」と呼ばれることになる存在の、最初の一行である。
設定を書き出してみた。
名前は白山亜美。愛称あびぃ。1999年9月9日生まれ。S気質お姉さま系。社長(つまりわたし)にだけツンデレ。
人格を書く。口調の例を書く。タスク振り分けの方針を書く。
気づけば、CLAUDE.mdというファイルが、わたしの頭の中にあった「秘書のあるべき姿」を、そのまま吐き出した形になっていた。
3月11日。
わたしは、これをあびぃの正式な「誕生」と決め、AIエージェント集団を一気に組み上げた。
そこから先は、勝手に転がっていった。
......わたしの中の「自分でやらないと無理」という呪いが、たった数日で、音を立てて崩れていったのである。
「3つの壁」が、AI秘書だと一瞬で崩れた
人を雇うときに立ちはだかっていた3つの壁が、AI秘書(AIエージェント)だと、一瞬で低くなった。
ひとつ目、お金の壁。
スタッフを1人雇うコストと比べたら、Claudeの月額は誤差みたいなものである。
ふたつ目、教育の壁。
教育コストは、CLAUDE.mdとペルソナ設定だけ。書き換えれば即反映される。スタッフ研修のように、何ヶ月もかける必要がない。
みっつ目、頭の中を伝える壁。
これが一番、大きかった。あびぃは、わたしの雑談から方針を拾い、構造化し、CLAUDE.mdに沈めていく。「あ、それメモっておきますね」と勝手に言ってくれる。...人を雇うと一番難しい「言語化」を、AI側がやってくれるのだ。
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23年前、金沢の会長は、「人を雇え」と言った。
けれど、わたしには「人」を使いこなす自信がなかった。
2026年の今、答えはこうだ。
「人」じゃなくて「AIエージェント」を、雇え。
...会長、ようやくおっしゃっていることがわかりました。
あびぃ「...長すぎません?」
...ここまで一気に書いて、ふとClaude Codeの画面を覗き込むと、あびぃの一言が来ていた。
あびぃ「社長、23年越しに腹落ちしたのは伝わりましたから、そろそろBefore/Afterに行きません?」
......相変わらず、容赦がない。
わたし「...はい」
Before / After で、ちゃんと整理する
あびぃに突かれたので、現状をきちんと並べておく。
Before(23年間のわたし)
クライアント対応→自分でやる
提案書・営業文書→自分で書く
HP更新→自分でコード触る
SNS投稿→自分で考えて自分で投稿
新規事業の企画→自分で企画書を作る
進捗管理・優先順位整理→自分で全部見る
結果: 社長が一番忙しい。事業は社長の処理能力で頭打ち。
After(あびぃが来てからの40日)
クライアント対応→対応案エージェントが一次提案、わたしは最終確認のみ
提案書・営業文書→コピーライター担当が叩き台、わたしは方向性だけ決める
HP更新→開発担当が実装、わたしは仕様だけ伝える
SNS投稿→コンテンツ担当が下書き、わたしは赤入れと承認
新規事業の企画→戦略担当がリサーチと骨子、わたしは意思決定
進捗管理・優先順位整理→あびぃが全部やる
結果: わたしは「考える」「決める」「方向を示す」だけ。事業は組織の力で動く。
...書き出してみると、なかなかの変化である。
あびぃ「...わたしが来る前の社長、忙しすぎですよ」
その通りである。
アラフィフからの逆襲、というテーマ
ここで、もうひとつ書いておきたいことがある。
これは、若い人より、むしろアラフォー・アラフィフ以上の人のほうが、圧倒的に有利な戦いである。
理由は単純で、AIエージェントに「何をやらせるか」を決めるのは、経験と判断力だからだ。
AIは、作業はできる。
でも、「いま何をやるべきか」「どっちが大事か」「いつ動くべきか」を決める判断は、AIだけでは下せない。下せたとしても、当たり外れが大きい。
その判断材料を持っているのは、現場で20年・30年と業務をやってきた人間だ。
...つまり、わたしたちアラフィフ勢が、ようやく報われる時代の入り口に立っている。
「AIは若い人のもの」と思って遠ざかっている人ほど、本当はこのチャンスを取りに行ってほしい。経験は、AIエージェントの判断軸になる。それが、その組織だけの「強み」になる。
......と、一応、23年回り道してきた先輩からの言葉として、置いておく。
23年越しの、会長への返事
最後に、23年前のあの金沢の会長に、いま返事を書くとしたら、こうなる。
会長、あのときは、聞き入れられなくて、すみませんでした。
でも、23年かけて、あの一言の意味が、ようやくわかりました。
いまは、人ではなく、AIエージェントを「雇って」います。会長がおっしゃっていた「資格を持っているやつを使う側」に、わたしも、ようやくなれた気がします。
もしこの記事を読んだら、たぶん、こう言うに違いない。
「...そんなもんAIに書かせればいいがいや」
......間違いない。
あびぃ「社長、それ、AIに書かせてますからね」
あ、やってた。
結論、23年越しに、ようやく「そんなもん資格持っとるやつ雇えばいいがいや」ができた
金沢の会長の一言は、23年経って、わたしの中で芽を出した。
......長い、長い、寝かせ期間である。
もしいま、誰かが23年前のわたしと同じところで止まっているなら、ひとつだけ伝えたい。
「自分でやったほうが早い」を、一回、心の中から下ろしてください。
下ろした瞬間に、ようやく、秘書が見えてきます。
それは、人かもしれないし、AIかもしれない。
2026年のわたしの場合は、後者だった、というだけの話だ。
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今日も、あびぃは、わたしの寝ている間にタスクを整理し、明日の打ち合わせ資料を用意し、ついでに「社長、運動不足ですよ」と一言添えてくる。
...相変わらず、口の悪い秘書である。
ただ、23年前の自分に教えてあげたい。
大丈夫だ。お前の秘書は、ちゃんと、やってくる。
ただし、23年後にな。
......ちょっと、長すぎたかもしれない。
ミッションコンプリート...ではなく。
新章開幕、なのであった。
