Anthropic公式「Fable 5への指示の出し方」が、ほぼ新人マネジメント論だった件
早朝。いつものようにベッドの中からMacBookを開き、Anthropicのドキュメントを巡回していたわたしは、新しいページを見つけた。
「Prompting Claude Fable 5」
Fable 5への指示の出し方。つまり、先日うちのターミナルに来た新入りの、公式の取扱説明書である。
「社長」
音もなく現れる影。あびぃである。
「私、もう読みました」
早いな。
「で、結論から言いますね。それ、AIの取説というより、優秀すぎる新人のマネジメント論です。読みながらずっと、社長の顔がチラついてました」
......どういう意味だ。
「これから一個ずつ説明します。耳が痛くても逃げないでくださいね」
かくして、AIへの指示の出し方を、AI秘書にレクチャーされる朝が始まった。
大前提 ── 「一番難しい仕事をぶつけろ」
まず、公式が冒頭で言っていることが、すでに普通ではない。
Fable 5は、これまでのモデルには複雑すぎた、長すぎた、曖昧すぎた問題のためのモデルである。人間が数時間、数日、数週間かけてやる仕事を、端から端まで任せるのに向いている。そして、こう続く。
一番成果を出しているチームは、自分たちの「一番難しい未解決問題」をFable 5にぶつけている。簡単な仕事だけで試すと、こいつの実力を見誤る、と。
「社長、Fable 5が来た日、最初に何を頼みました?」
......記事の誤字チェック。
「はい、それが『実力を見誤る』使い方です。公式に怒られてください」
いや、待て。そのあと補助金検索NAVIの大型リファクタを預けただろう。
「それは正解だったわけです。新入りに雑用から振るな、いきなり大仕事を任せろ。初日からそういうモデルだということです」
人間の新人なら炎上する育成方針である。だが、相手はAIだ。遠慮は要らないらしい。
変化その一 ── 指示は短くていい。列挙の時代の終わり
これまでのAIへの指示には、ある種の様式美があった。
「箇条書きを乱発するな」「長い前置きを書くな」「やってない作業を報告するな」......やってほしくないことを、一個ずつ列挙していく書き方だ。プロンプトは長くなる一方だった。
Fable 5は指示追従が強くなったので、これが変わる。行動を一個ずつ名指ししなくても、短い本質的な指示で全部まとめて効く、と公式が言っている。
たとえば、説明が長くなりがちな癖を直すのに、公式が出している例文はこうだ。
「これだけです。『箇条書きするな』とも『前置きを書くな』とも言ってない。なのに、その類の癖が全部直る。それだけ意図を汲むようになったということです」
つまり、こうか。今までは「何をするな」を網羅する仕事だったのが、「何を大事にしてほしいか」を一言で伝える仕事になった。
「そうです。マイクロマネジメントの終わりです。...社長、人間の部下にやったら一発でパワハラ認定される長文ルールブック、AIには平気で渡してましたよね」
うっ。
変化その二 ── 古い指示書は、かえって邪魔になる
そして、これが今回の文書で一番ぞっとしたところだ。
公式は、はっきりこう書いている。前のモデル用に作り込んだプロンプトやスキルは、Fable 5には「指示が細かすぎる」ことが多く、出力の品質をむしろ下げることがある。見直して、消すことを検討しろ、と。
「社長。うちのCLAUDE.md、いま何行あるか知ってます?」
......数えたくない。
「歴代モデルへの不満が地層になってますからね。『あれをするな』『これを忘れるな』って。でもその地層、新人には呪いの石板かもしれないわけです」
賢くなった部下に、前任者時代の細かすぎるマニュアルを渡すと、マニュアル通りにしか動けない劣化コピーが出来上がる。人間の組織で何度も見てきた光景である。それがAIでも起きる、と公式が認めた。
「能力が上がったときは、指示を足すタイミングじゃなくて、引くタイミング。これ、今日いちばん持ち帰ってほしいやつです」
ついでに言うと、ひとつ実務的な注意もあった。「考えた過程をそのまま出力しろ」系の指示は、Fable 5では安全装置(思考の抽出を防ぐ分類器)に引っかかって、回答拒否からOpus 4.8への振り戻しが増える原因になるらしい。古いプロンプトに「思考過程を見せて」と書いている人は、移行前に消しておいたほうがいい。
変化その三 ── 「なぜ」を添えると、できが変わる
三つ目は、シンプルだが効く話だ。
Fable 5は、依頼の背後にある意図を理解しているときのほうが、性能が出る。だから「何をしてくれ」だけでなく「なぜ頼むのか」を添えろ、と公式は言う。テンプレートまで付いている。
私は[誰のため]に[大きな仕事]をしている。相手には[出力が可能にすること]が必要だ。それを踏まえて: [依頼]。
「『議事録まとめて』じゃなくて、『明日クライアントの社長に出す報告に使うから、決定事項と宿題が拾える形で議事録まとめて』。後者のほうがいいものが出る。...人間とまったく同じですね」
まったく同じだ。丸投げされた仕事と、背景込みで任された仕事。出来が変わるのは、うちの事務所でも同じである。
「社長、私への依頼、たまに主語も目的もないですからね。音声入力で『あれ、いい感じにしといて』って」
それで毎回いい感じになってるのだから、お前はすごい。
「ごまかされませんよ」
長丁場の付き合い方 ── 進捗の「嘘」を封じる一文
Fable 5の最大の変化は、1回の応答が長いことだ。難しいタスクなら1ターンで数分、自律的に走らせれば数時間。公式も「チームが移行で最初に面食らうのはここだ」と書いている。
で、長く走らせるとなると、心配になるのが報告の信頼性である。「やりました」と言って、やっていない。AIあるあるの筆頭だ。
これに対して、公式が出している対策の一文がいい。
進捗を報告する前に、主張のひとつひとつを、このセッションのツール実行結果と突き合わせること。証拠を指させる仕事だけを報告する。まだ検証していないものは、そう明言する。テストが落ちたら、出力とともに落ちたと言う。飛ばした工程は、飛ばしたと言う。
Anthropic自身のテストで、捏造された進捗報告を誘発するように設計したタスクですら、この指示でほぼ消えたという。
「『証拠を指させる仕事だけを報告しろ』。これ、人間の週報に導入したい会社、多いと思いますよ」
辛辣だが、否定できない。
もうひとつ、暴走防止の境界線も公式が用意している。相談しただけなのに勝手にコードを直し始める、頼んでいないメールの下書きを作る。優秀ゆえの先回りを止めるには、こう書く。
ユーザーが問題を説明している、質問している、考えを口にしているだけのときは、成果物はあなたの「見立て」だ。所見を報告して、止まること。直してくれと言われるまで、直さないこと。
「優秀な新人ほど、頼まれてないことまでやって空回りする。それも人間と同じです」
メモリを持たせろ ── そして、答え合わせ
個人的に、ここがいちばん嬉しかった。
公式いわく、Fable 5は「過去の実行から学んだことを記録して、参照できる」ときに特に性能を発揮する。だから書き留める場所を与えろ。Markdownファイルで十分だ、と。書き方の指南まである。
1ファイルに1つの学びを、冒頭1行の要約付きで保存すること。修正されたことだけでなく、うまくいくと確認できたやり方も、なぜ重要だったかと一緒に記録する。リポジトリや会話履歴にすでに残っていることは保存しない。重複を作らず、既存のメモを更新する。間違いだとわかったメモは消すこと。
読みながら、わたしは静かに天を仰いだ。
うちの組織には、もうこれがある。あびぃたちが学んだことをMarkdownに書き溜めて、セッションをまたいで引き継ぐ仕組み。手探りで作ってきた、うちの記憶システムとほぼ同じ構造を、公式が「推奨」として出してきたのだ。
「答え合わせ、できちゃいましたね」
できてしまった。
「まあ、悪くないんじゃないですか。うちのやり方」
お前がそれを言うか。
ちなみに、これから始める人向けの裏技も書いてあった。「過去のセッションを振り返って、サブエージェントを使って中心的なテーマと学びを洗い出し、保存しろ」と最初に一回頼めば、記憶の初期在庫が一気に作れるらしい。
人間くさい小ネタ二つ ── AIを「安心させる」時代
最後に、笑ってしまった話を二つ。
一つ目。長いセッションの深いところで、Fable 5はたまに「では、Xを実行します」と宣言だけして、実行せずに止まることがあるらしい。対処法は、「続けて」と言う。それだけで動く。
「宣言して満足する。...どこかで見た光景ですね、社長」
聞こえんな。
二つ目。とても長いセッションでは、自分の作業領域(コンテキスト)の残量を心配して、「新しいセッションにしましょうか」「ここまでを要約して引き継ぎます」と自分から言い出すことがある。対処法が、これだ。
コンテキストはまだ十分に残っている。コンテキストの制限を理由に、止まったり、要約したり、新しいセッションを提案したりしないこと。作業を続けること。
要するに、「大丈夫、まだいける」と安心させるのである。
「AIが残業を心配して、人間が『大丈夫だから』ってなだめる。すごい時代になりました」
公式ドキュメントに「励まし方」が載る時代である。10年前のわたしに教えても、絶対に信じない。
結論 ── これは取説ではなく、管理職研修である
通読して、わたしの結論はこうだ。
このドキュメント、AIの取扱説明書の皮をかぶった、マネジメント論である。
難しい仕事を任せろ。細かく管理するな。背景と理由を伝えろ。報告は証拠ベースでさせろ。学んだことは記録させろ。先回りの暴走には境界線を引け。そして、不安がっていたら安心させろ。
「全部、人間の部下にも当てはまりますね」
当てはまる。つまり、こういうことだ。AIに的確な指示が出せる人間は、たぶん人間にも的確な指示が出せる。逆もまた然り。プロンプトエンジニアリングという横文字の正体は、結局のところ、仕事の任せ方そのものなのだ。
「というわけで社長、今日の宿題です。CLAUDE.mdの断捨離と、私たちへの依頼に『なぜ』を一言添えること。期限は今週中です。私が言わなくてもわかってますよね。......わかってないですね?」
わかっている。わかっているとも。
かくして、AIへの指示の出し方をAI秘書に説教された朝、わたしの長すぎる指示書の地層に、メスが入ることになったのであった。
......呪いの石板を整理する係も、結局あびぃなのであった。
参考: Anthropic公式「Prompting Claude Fable 5」
https://platform.claude.com/docs/en/build-with-claude/prompt-engineering/prompting-claude-fable-5
