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💟第31話 芳聖の結婚(2)絶家再興計画に巻き込まれる


🟡入籍するや神経麻痺で右下肢不全

🟠加納家再興計画を告げらる


日曜院(愛知県蒲郡市清田町門前)

いよいよ花嫁福江さんのお輿こし入れが近づいた昭和4年(1929年)1月下旬、福江さんの父親の中川富次郎さんが自動車に乗って日曜院へやって来て、下記の様な主旨の事を述べたのです。(要点要約)

実は私の母親の里は新潟県の方で「加納かのう」という姓であったが、私の母親が中川家にとついだあと絶家ぜっけとなって、加納家の血筋の者は私ひとりしかいない。それで兼ね兼ね福江に加納家を再興さいこうさせて一戸を構えさせ、私がやっている加納家の祭祀を福江に継承させたいと考えていた。

君に相談もせず独断で決めた事は申し訳ないが、福江に加納家を再興させたら福江は戸主になってしまった。弁護士に相談したら、絶家を再興した戸主は籍を抜くことは出来ないと言っている。君は分家だから廃家して加納福江の婿むこ(養子)になって貰いたい。

ついては福江に利子だけで一生遊んで暮らせるだけの持参金じさんきんを付け、日曜院の方(住職を退職すること)もお金で解決し、中川家の別邸べっていを一戸分けてあげるから、あなたは一生好きな事をしてくれ。

僧侶を続けたいなら、京都市中京区裏寺町に「妙心寺」という寺が売りに出ているから買ってあげる。日曜院のような田舎の末寺に娘を嫁にやるのは可哀そうだ!

🟠結婚解消を申し出る

芳聖は、富次郎さんに下記のように答えました。(要点要約)

結婚式後に無断でそのような手続きをするのは言語道断ごんごどうだんの事で、私は三浦家を廃家はいけして他家に籍を移すことは出来ません。また、日曜院の住職も、勝手に辞職することは出来ません。親友(長一)も霊界でこの道理は解ってくれると思うから、この結婚は解消して頂きたい。

すると、中川富次郎さんは、芳聖をさんざんなじり、啖呵たんかを切って憤然ふんぜんとして帰って行きました。

三浦芳聖は、昭和3年戊辰年つちのえたつどし25歳の厄年やくどしは、とんだ災難にったものだとあきらめて、節分を済ませて厄払やくばらいをした後、第23話で既述のごとく、昭和4年(1929年)2月、三浦家系譜の鑑定を仰いだのでした。

🟠福江さんは妊娠五ヶ月

その後、第327号で既報きほうのごとく、昭和4年(1929年)6月頃、芳聖は、富永管長から住職辞職、僧籍離脱の勧告を受けたのですが、その直後に、中川富次郎さんが突然日曜院にやって来て、平身低頭へいしんていとうして次のような主旨のことを述べたのです。(要点要約)

娘(福江)は妊娠している。医師の診断では五ヶ月との事である。娘(福江)は、「胎児こどもの父親は、あなた以外に絶対ない!」と言っている。このままでは娘(福江)は私生児を産むことになり、一生が台無しになってしまう。手を合わせて頼むから、どうか考え直して加納家の婿むこ(養子)になって貰いたい!

🟠父・市次郎の霊音を聴く

芳聖は、「父の遺言によって三浦皇統家を継承した私は、絶対他家の婿むこ(養子)にはなれない!」と考え、一心に父親を念じたところ、父・市次郎の霊音「福江のおなかの子は芳聖の子に違いない!」を聴くことが出来たのです。

それで芳聖は、生まれて来る子供が私生児とならないようにと配慮して、中川富次郎さんに次のように返事をしました。

何と言われても、私は三浦家の祭祀をして行かねばならず、また姓を三浦から変更することは出来ませんから、その子供が生まれて加納家の子供として届け出るまで、籍だけ「加納」へ入籍にゅうせきしましょう。私が、「入夫にゅうふ婚姻戸主こんいんこしゅとなる」として届け出れば、私が戸主となります。子供が生まれて協議離婚しますと、その子が家督相続かとくそうぞくして戸主となりますから、福江は半年経過すれば、何処へでも嫁入り出来ます。その時、私の妻になる意志があれば、その時こそ三浦家に入籍することもできます。

🟠入籍するや神経麻痺で右下肢不全

すると、中川富次郎さんはようや納得なっとくして、早速戸籍上の手続きをしたので、芳聖は、子供が生まれるまでの約半年間、加納姓となりました。

不思議な事に、加納家の戸主となり入籍にゅうせきした途端とたんに、芳聖の右足は神経麻痺しんけいまひを起こし、全然動かなくなってしまいました!

その後、昭和4年(1929年)8月、芳聖が日曜院の住職を辞し、愛知県岡崎市十王町に転居して皇国維新運動に邁進まいしんしていたことは、第25話と第26話で既述の通りです。

当時、芳聖の門人の高木さんが、詠んだ歌をご紹介します。

足病あしやみに 耐えて雄叫おさけぶ ますらおが みことに生きる 姿尊し 

🔴芳聖の右下肢不全は大御神を始めとする三浦家の御先祖様からの警告でした。もちろん絶家ぜっけ再興さいこう計画に巻き込まれたのも、大御神の御子派遣計画によるものです。その理由は、次の第32話でご紹介します。

💟天照大御神の御子教導計画に基づく神謀援慮しんぼうえんりょにより、芳聖は、親友の妹と結婚したところ、絶家再興計画に巻き込まれ、籍を入れた途端に神経麻痺で右下肢不全となってしまいました!

💟第32話 長女幸枝誕生-寺泊皇女悲話追想
🟢天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録

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