💟第26話 真の皇道国家を目指して-皇国維新に全身全霊を捧げて
🟡真の皇道国家を目指して
田中光顕伯爵から明治維新の真相秘話を聞き出し、頭山満翁から空前絶後の御教訓を得て、国体問題への懊悩が雲散霧消した三浦芳聖は、昭和4年(1929年)8月24日、
出山還俗して天下の浪人となり、愛知県岡崎市十王町に住居を移し、著書の印税で生活を維持しながら、錦旗会の中央幹部を兼ねる愛知県支部長として、皇国維新運動に邁進していました。
三浦芳聖の皇国維新運動の行動原理は、
日本を真の皇道国家たらしめ、世界に皇道を宣布して地上に王道楽土を築き、世界全人類をして一つの家族たらしめ、平和で幸福な生活に導くことでした。
これは、西山国師の「観経秘訣集」に出ていた「この国を弥陀本国と為す」思想の日本的展開でありました。皇道国家とは、道義国家と同意義であります。
西山国師が、「十方衆生の為に正覚を成ずる者は和朝に極まる。超世の大願偏えに大日本国に興る。」と看破されたように、我が国は、皇道国家、道義国家として世界を救済出来る潜在能力を有しているのです。
ところが、明治維新で王政復古はなったものの、華族・財閥・大地主などの世襲的資産家である一部の特権階級(君側の奸)のみが、贅沢な暮らしを享受していました。
一部の特権階級が、太陽の光を遮る妖雲のごとく大君のご聖徳を覆い隠して、国民の大多数は不自由且つ貧しい暮らしを強いられていたのです。
真の皇道国家を目指す運動とは、これらの君側の奸を退けて、大君のご聖徳が、いよいよ世に顕れて、国民すべてがその恩恵に与れるようにする運動でした。

🟡皇国維新に全身全霊を捧げて
関東大震災で臨死体験をしてから、芳聖の関心は、立身出世や社会的栄達などの世俗的なことから精神的、霊性的なものへと転換し、自分は衆生を救済する為に、この世に生まれて来た菩薩に違いない!という自覚に基づいて活動していました。
それが具体的な形を取って表れたのが、日本を真の皇道国家たらしめ、地上に王道楽土を建設して人類を救済する師表国家と為す事でした。これが芳聖の皇国維新運動の目標でした。
芳聖の最晩年の著書から引用します。読みやすいように改行し、句読点を補うなど編集しました。明治天王、王統などの表記は、芳聖独特のもので、神皇正統の天皇、皇統ではないという意味だと思います。
「まさに一心が天に通ずる人間になって一切衆生を済度しよう」と云う目的に変わって行ったのであります。
もう明治天王の王統は万世一系の天皇である。
欽定憲法が定められ、明治天王の御聖徳によって、かくの如く日本は世界の三大強国となった今日、唯皇道の本義を発揚して以て、
真に我々民族祖先の伊邪那岐之命が「くらげなす漂える世界を修固め成し」、
神武天皇の「六合を兼ねて以て都を開き、八紘を掩いて宇と為む」という建国の大御理想、
また歴代の天皇の「万邦をして各々その処を得せしめ、その堵に安んぜしめん」という、
この皇道を世界に宣布するためには、日本は決して外国の侵略主義的、帝国主義的なことを真似てはいけない。
真に日本を皇道国家たらしめなければならないと言って、この維新運動に全身全霊を捧げたのであります。
大御神は、最愛の御子の芳聖に、己の出世や栄達などを顧みず、天下国家を愛し、国民の幸福の為に全身全霊で取り組む修行を課されたのであります。
💟天照大御神の御子教導計画に基づく神謀援慮により、国体問題への懊悩が雲散霧消した芳聖は、出山還俗して天下の浪人となり、我が日本国を、真の皇道国家とするために皇国維新に全身全霊を捧げたのでした。
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