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温度のローレンツ変換性

温度の相対論的な変換の仕方が未だわかっていないというコメントが、SNSに流れていました。「相対論的な熱力学」を定式化しようという試みは前世紀から随分とありました。温度を他の物理量と組み合わせて、ローレンツ変換における4元ベクトルにできないかなどの考察や提案が、これまで為されてきたのです。ただ現状では、多くの研究者に受け入れられている定式化は、まだ現れていません。なぜ「温度の相対論化」が難しいのかについて、すこし書いておこうと思います。

まず熱力学は、熱浴全体やそれと接触する物体が動かない、静的な環境においては、よく理解をされています。例えば温度についても、物体同士が接触をすれば、それは熱平衡に達して同じ温度になることも、実験面から支持されている大切な事実です。特に、無限に大きいと近似的に考えられる温度Tの熱浴と対象系の物体が接しているのならば、隠れた対称性の存在などの特別な事情がない限り、最終的にその物体の温度は熱浴と同じ温度Tになります。

この温度Tの熱浴は、ある慣性系において静止をしている設定で考えるのが普通です。ところが相対論では、異なる慣性系でもその熱浴を考えたくなります。その慣性系で、全体としては一定速度で動いている熱浴の温度は、元の静止系での温度Tと、どのように結びついているのでしょうか?これが、SNSで話題になっていた、その問題です。これに対する現時点での回答は、「一般の慣性系では、その熱浴の普遍性のある温度概念は存在していない」というものだと思います。

温度は原則として、測定機としての「温度計」で測られるものです。熱浴が静止している慣性系での温度Tは、どんな形の温度計でも、どんな大きさの温度系でも、同じ値を出します。この温度計では、熱浴と温度計の間の相互作用の形も割と自由にとれます。それでも同じTという温度の値が得られるのです。この意味で、静止慣性系での温度は非常に高い普遍性を持っています。

ところが、熱浴全体が一定速度で動いている場合、その温度の定義の仕方には、様々な方法がでてきます。そして同じ熱浴でも、その定義毎にその温度の値は違っていたりするのです。

また有限の大きさをもつ温度計では、別な側面も出てきます。ある慣性系で熱浴が動いているときでも、その温度を測る温度計はその慣性系では静止しているとするのが自然でしょう。すると熱浴が止まって見える元の慣性系では、今度はその温度計が、一定速度で熱浴中を運動していることになります。

図1:静止した熱浴中を一定速度で運動する有限サイズの温度計

図1のように、もし温度計が運動方向に対して平行な円柱形をしているならば、その温度計の最先端部分には多数の熱浴粒子が衝突をして、エネルギーをその部分へ局所的に与えます。温度計の最後尾部分では、熱浴粒子との衝突が抑えられて、その部分は大したエネルギーを受け取りません。すると温度計内部で、最先端部分から最後尾部分に向かう定常的な熱流が発生してしまいます。熱浴静止系で止まっている温度計内部には、そのような熱流は起きませんが、別な慣性系で静止している温度計内部には、動く熱浴が誘起してしまう熱流が現れるのです。時間が経てば放熱もしながら、その熱流も一定にはなりますが、これは非常に取り扱いが難しい非平衡熱力学の対象です。熱的な平衡系ではなく、非平衡系なのです。その有限サイズの温度計からは、熱浴の温度の値を一意に決めることはできません。

また1次元空間の中に充満する質量零の自由スカラー場の粒子から成る温度Tの熱浴モデルを考えれば、そもそも静止系以外に慣性系でのその熱浴温度は1つに定まらないことも確認できます。この静止系では、空間右向きに運動する熱輻射と左向きに運動する熱輻射の両方が、図2のように同じ割合で存在しています。

図2:1次元空間中の質量零の自由スカラー場の粒子の熱浴

このスカラー場の演算子は、(1)式のように、右向き進行波成分と左向き進行波成分の演算子の和で書けています。(なお以下では、光速度cや換算プランク定数ℏやボルツマン定数を1と置く、自然単位系を採用します。)

(1)式:空間1次元での自由スカラー場の演算子

ここで相対論のローレンツ変換と相性の良い、(2)式の光円錐座標系を導入しておきます。

(2)式:光円錐座標系

すると(3)式のように、場の演算子は書かれます。

(3)式:光円錐座標系でのスカラー場の演算子

これに対して場の量子論を使うと、温度Tの熱平衡状態における、微分された場の2点関数が計算できます。それは右向き進行波の場に対しては

(3)式:右向き進行波の静止系での2点関数

となり、左向き進行波の場に対しては

(4)式:左向き進行波の静止系での2点関数

となります。この式に対して(5)式のローレンツ変換を施してみましょう。ここでωは異なる慣性系を定める実数パラメータです。

(5)式:ローレンツ変換

この変換は、(2)式の光円錐座標系では(6)式のようになっています。

(6)式:光円錐座標でのローレンツ変換

これを用いると、右向き進行波の2点関数は(7)式のように変換されます。

(7)式:新しい慣性系での左向き進行波の2点関数

これから読み取れるこの慣性系での右向き進行波の熱浴温度は、(8)式で与えられます。

(8)式:右向き進行波の熱浴温度

一方で、右向き進行波の2点関数は

(9)式:新しい慣性系での左向き進行波の2点関数

となり、これから読み取れるこの慣性系での左向き進行波の熱浴温度は、(10)式で与えられます。

(10)式:左向き進行波の熱浴温度

(8)式と(10)式を見ると、進行方向の違いによって、温度が違っています。この慣性系で静止している新しい温度計が、もし右向き進行波成分とだけ相互作用をすれば、その温度計が示す温度は(8)式の値になるでしょうし、また左向き進行波成分とだけ相互作用をすれば、その温度計が示す温度は(10)式の値となるでしょう。その両方と相互作用をすれば、温度計はそのどちらでもない値を示します。つまり静止系とは異なり、温度の値は測り方によって異なるのです。これでは、熱浴温度をなんらかの相対論的4元ベクトルの成分として変換することもできません。これが、温度をローレンツ変換したいときに現れる根本的な問題点なのです。

では、相対論では動く温度計に意味はないのでしょうか?実はそうでもありません。たとえば大きさが零に近い温度計が、量子場の真空状態を一様加速度運動をする場合では、その温度計は「ウンルー効果」を観測できます。

ここで図3のように、量子場の真空状態の中で止まっている温度計Aと、大きさが無視できるような、そして一様加速度運動をしている、温度計Bを考えます。ここでuは加速度運動を区別する座標系で、uの値が大きいほど、その温度計の運動軌道のx座標の値は正の方向にシフトしつつ、加速度は小さくなります。

図3:温度零の真空状態の中に止まっている温度計と、一様加速度運動をする温度計

真空状態は温度零の状態です。ですから温度計Aは温度零を示したままです。しかし面白いことに、加速度運動をしている温度計Bは、その加速度に比例した温度の値を示すのです。これがウンルー効果です。温度計Bが感じるこの熱浴のことを、ウンルー熱浴と呼びます。ウンルー効果を測る温度計と量子場との相互作用は、割となんでも良いという普遍性もあります。

なお一般相対論の等価原理を考えると、一様加速度運動をする温度計Bから見れば、外の空間には図4の静的な重力場があるのと同じ状況です。

図4:温度計Bが感じている重力場

そして重力場内で温度計Bの位置よりも、その重力ポテンシャルが高い位置(つまり温度計の加速度が小さくなる位置)でのウンルー熱浴の温度は低くなり、低い位置では、温度は高くなります。普通の多体系の熱平衡系では、そのどの部分の温度も同じ値を取りますが、ウンルー熱浴の温度は重力ポテンシャルに対する依存性があるのです。

実はウンルー効果に限らず、一般相対論での静的熱平衡状態では、熱浴の温度は、その場所の重力ポテンシャルに依存するのです。たとえば(11)式の時空計量テンソルで与えられる静的な時空を考えてみます。

(11)式:静的な時空計量の例

ここで、各計量成分はuが無限大の領域は平坦時空になるように、(12)式の条件を課します。

(12)式:平坦な時空への漸近条件

この時空内の充満する静的な熱浴でも、各地点で温度は(13)式のように変化をします。

(13)式:ボンディ公式

右辺の分子は、u=+∞での平坦領域での熱浴温度の値です。(13)式は、ボンディの公式と呼ばれ、相対論分野ではよく知られています。

時空が曲がっている場合でも、大きさが極めて小さな温度計を使えば、温度計内部に生じる熱流は無視できます。そして熱平衡系にある静的な熱浴の温度を、(13)式のように、相対論においても定義することができます。この曲がった時空での熱浴に比べて、平坦時空で一様等速運動をしている熱浴のほうが、一見簡単そう思えるのですが、温度計と熱浴の相互作用などの詳細に応じて温度の値は変わるので、ローレンツ変換において温度概念が1つに絞れなかったというまとめになります。


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