量子力学の複製禁止定理は、フィッシャー情報量から理解できる。
量子力学におけるモノの個性は、波動関数や状態ベクトルで記述される量子情報を指します。そして、この個性としての量子情報は、一般に複製不可能な、強いアイデンティティを持っています。ある量子系が観測者にとっては未知である|ψ>という状態ベクトルの状態にある場合、その観測者はその状態の正確なコピーを作ることはできません。つまり1つの|ψ>という「モノ」を、2つの|ψ>という「モノ」にすることはできないのです。これは「複製禁止定理(no cloning theorem)」として知られています。0と1のビット列で記述される古典情報ならば、正確な複製をいくらでも生成できますが、一般の量子情報はその正確な複製を作ることができません。
この事実は、実は「驚き」の指標でもあったフィッシャー情報量Jが満たす、クラメール・ラオ不等式からも理解できます。

注目する量子系が、既知の初期状態|0>から、観測者にとって未知の実数パラメータθの値で指定をされる物理操作によって、|ψ(θ)>という状態になったとしましょう。観測者はこの状態にある量子系を測定して、θの値の推定を行います。観測者はどんな実験装置を使っても構いませんが、θの推定誤差Δθに対するクラメール・ラオ不等式はいつでも成り立ちます。そしてフィッシャー情報量Jは、その平方根の逆数がΔθの原理的な下限を与えますが、Jは測定方法によらずに、|ψ(θ)>だけから計算をされるのです。
面白いことに、このクラメール・ラオ不等式を使うと、先の複製禁止定理が出てくるのです。それには背理法を使います。まず複製禁止定理が成り立たないとして、任意の|ψ(θ)>という状態にある量子系から、|ψ(θ)>という状態にある2つの量子系を作ることができると、仮定をしましょう。そして矛盾を示します。
θの値が未知のままでも、1つの|ψ(θ)>から2つの|ψ(θ)>が作れるのならば、できた2つの|ψ(θ)>をそれぞれコピーをして4つの|ψ(θ)>を作れます。これを何回も繰り返せば、|ψ(θ)>の状態にある量子系を無限個生成できてしまいます。それぞれの量子系が独立に、単体で|ψ(θ)>という純粋状態にあるのですから、それを1つ1つ測定をして、θの情報を集めていけば、誤差Δθは零になり、未知だったθの値を正確に決定できてしまいます。
しかし、クラメール・ラオ不等式によれば、それは不可能です。フィッシャー情報量Jの平方根の逆数よりもΔθは絶対小さくできないのです。ですから矛盾が生じて、「任意の|ψ(θ)>という状態にある量子系から、|ψ(θ)>という状態にある2つの量子系を作ることができる」という最初の仮定が間違っていたのです。従って、複製禁止定理が導かれます。量子力学は情報理論であるとしっかりと理解すると、このように複製禁止定理の直観的な捉え方もできるのです。
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