ブラウン=ヘノー理論:古典的な一般相対性理論でも見えているホログラフィ原理
前世紀初期に量子論を発展させる1つの考え方として、「対応原理」というものが、ニールス・ボーアを中心に提案されました。純粋に量子的な対象でも、そのエネルギーや波動の振幅を非常に大きくする極限をとると、古典的なニュートン力学的振る舞いを再現するというものです。対応原理で扱われるこの極限は、「量子力学の古典極限」とも呼ばれます。
多くの量子的な性質はこの古典極限において消失してしまうのですが、一部の量子性は、古典理論の枠組みの中に「遺物(relic)」として残る場合があるのです。アインシュタインの一般相対性理論は、量子効果が入っていない古典理論なのですが、その理論の中にはこのような量子効果の遺物の存在が知られています。古典的なホログラフィ性も、その1つです。
ホログラフィ原理は、「AdS/CFT対応理論」として、1997年にファン・マルダセナによって、量子的な超弦理論の枠組みで定式化されました。負の宇宙項をもった時空n次元の量子重力理論は、重力が入っていない時空n-1次元の物質場の理論と等価であるというのが、AdS/CFT対応理論の主張です。
実はこのAdS/CFT対応の主張の一部は、マルダセナが主張する前に、負の宇宙項を伴った3次元時空の古典的一般相対性理論でも、知られていました。それはジェイムス・ブラウンとマーク・ヘノーによる1986年の結果です。驚異的なことに、純粋に古典的な理論の枠組みだけで、その結果は出てきます。
時空3次元のAdS/CFT対応では、空間無限遠方の境界に2次元のビラソロ代数で記述される、物質の共形場理論が現れます。一般相対論でも、同じビラソロ代数が同じ境界に、量子効果の遺物として現れるのです。その代数には中心電荷(central charge)というパラメータが入っているのですが、その値も、量子力学を考えずとも、古典的な一般相対性理論だけから計算ができてしまいます。
まず3次元時空の古典理論において、アインシュタイン=ヒルベルト作用を考えます。

ここでGは重力定数です。以下では反ド・ジッター時空での宇宙サイズを表すパラメータとしてlを導入し、負の宇宙項は下記のように与えます。

この作用を変分して得られるアインシュタイン方程式には、反ド・ジッター時空の真空解があります。

ここでtは時間座標、rは動径座標、そして
$$
\phi
$$
は角度座標です。この解の空間無限遠方で境界の振る舞いは

となっています。この境界には2次元ビラソロ代数で書かれる共形対称性が存在しています。これは、(1)式の作用の変分を下記のように、アインシュタイン方程式に比例するEOM項と、境界の表面積分項の和で書くとわかります。

ここで右辺第2項の表面積分は、重力の長距離性のために零にはなりません。その非積分関数は

で与えられます。ここで計量の変分を、ξというベクトル場で生成される微小座標変換での変分としてみます。

これを代入すると、(5)式右辺第2項の表面積分は、ベクトル場ξが生成する座標変換の生成子Q[ξ]の変分として、

と計算されます。この非積分関数は、ξを使って具体的に

となります。別なベクトル場ηの方向に、このQ[ξ]をずらす変換を考えると、古典的なポアソン括弧式を使って、その差分は定義から

となります。この式から、ビラソロ代数の具体形が、古典的な一般相対性理論で計算できます。するとその古典的な代数には「中心拡大」という現象が起きていて、まるで量子的な代数のように振る舞っていることに気づきます。
その中心拡大で現れるのが中心電荷です。それは

を計算することで決められます。ここで無限遠方の境界でのビラソロ代数を考えるため、その境界上に2次元の光円錐座標として

を導入します。すると2次元ビラソロ代数による無限小座標変換は

で与えられます。つまりこのビラソロ代数には、左向き進行波と右向き進行波に対する、2つの独立なセットがあります。この各々の座標変換の関数に対するフーリエ級数展開を考えます。

すると2つのビラソロ代数に対して、Kは

で与えられます。ここで角度方向の表面積分において、

という角度座標の積分の結果を使えば、Kは

と計算できます。この結果を使い、そして古典的なポアソン括弧式を虚数単位iと換算プランク定数ℏで割ることで、対応的に得られるビラソロ代数の交換関係は、

となります。右辺第2項の出現が古典的な代数の「中心拡大」を意味しており、その係数cは量子効果の遺物としての中心電荷です。光速度と換算プランク定数を1とする自然単位系でのcの値は、Kの計算結果から

と読み出せます。
この中心電荷cの値は、量子力学を全く考えなかった古典的一般相対性理論から得られたのですが、このcの値は量子的なホログラフィ原理の一端としての「笠=高柳公式」をきちんと満たします。
反ド・ジッター時空の空間無限遠方の境界に現れる量子的な共形理論の真空状態を考えます。そのときの2つの領域の間の量子もつれエントロピーは、中心電荷cを使って、一般に

で与えられます。ここでLは1つの領域の長さであり、εは場の理論の紫外発散によるカットオフのパラメータです。興味深いことに、(19)式の古典的な中心電荷の結果を使うと、この(20)式の量子もつれエントロピーは、ブラックホールの事象の面積に比例する「ベッケンシュタイン=ホーキングエントロピー」と同じ形に書けるのです。これは笠=高柳公式そのものです。
笠=高柳公式での境界の「面積」は、3次元の反ド・ジッター時空では下記の測地線の長さになります。

これから、下記の笠=高柳公式が、古典的一般相対論のcに対して成り立っていることがわかります。

つまり、(19)式の中心電荷は、完全に古典的な一般相対性理論から得られたにもかかわらず、量子的なホログラフィー原理を再現する、正しい値になっているのです。これは非常に興味深い点です。ボーアの対応原理においても、量子重力理論では「古典領域に生き残る量子効果」が本当に存在している事実を証明しているからです。
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