有限温度熱浴のエネルギーを瞬間に取り出す量子エネルギーテレポーテーション
有限温度の量子系は熱エネルギーを持っています。しかしそのエネルギーを外部に取り出すには、普通はどうしてもある程度の時間がかかります。図1のように、それより低温な物体を用意して、その量子系に接触させることで熱流が生まれて、熱エネルギーが外部に出てきます。その熱流が生まれるには、その量子系内部での大域的な時間発展が必要となり、その系のダイナミクスで決まる典型な時間を待つ必要があるからです。

もし非常に低温である外部物体を用意できれば、瞬間だけでもその有限温度の量子系に接触させて、熱エネルギーを取り出せそうと思うかもしれません。しかし、それはある温度以下の量子系の熱エネルギーに対して、逆効果を生んでしまうのです。
図2、図3のように、ある閾値温度以下にある量子系の部分系Bに、もっと低温である外部物体(図では手で代用しています)を瞬間に接触させます。


図3の接触は瞬間だけで、その後はすぐに物体をBから離します。十分に外部物体の温度が低ければ、熱エネルギーもその外部物体に移っていると、ナイーブには期待できそうです。しかし事実は逆で、この操作はむしろBのエネルギー、そしてその有限温度の量子系全体のエネルギーを増やしてしまいます。この現象を「局所強受動性(Strong Local Passivity)」と呼びます。このSLPの概念は、私と共同研究者が、2014年に理論的に発見した現象です。
この局所強受動性がその閾値温度より低い温度領域で現れる理由は、Bと外部物体の接触が素早すぎるためです。ゆっくり、ソーッとBに触るのならば、確かに熱エネルギーはBから外部物体に移動するのですが、気短かにパッパとBを物体がつついてしまうと、その外部物体の速い運動がB自体を更に励起してしまうのです。そのため、外部物体は熱的なその量子系からエネルギーを取り出すのではなく、むしろエネルギーを注入してしまうのです。
ところが、です。私が2008年にその理論を初めて提唱した「量子エネルギーテレポーテーション(Quantum Energy Teleportation)」というプロトコルを使えば、その閾値温度以下の低温にあるこの有限温度の量子系の部分系Bから、ほぼ瞬間に熱エネルギーを取り出すことが可能なのです。
この局所強受動性を打ち破った量子エネルギーテレポーテーションの実験は、2023年にカナダの研究所で実際に行われて、我々の理論が正しいことを証明しました。本来の熱エネルギーを外部に取り出す時間スケールより、ずっと短い時間で、熱エネルギー、そして更に量子系の量子揺らぎのエネルギー(零点エネルギー)も一緒に、外部に取り出せたのです。
これは一般的な有限温度系にも適用できる話です。たとえば図4のように、有限温度の熱平衡状態にある量子系で、他の部分系Aを測定してから、その測定結果に依存した物理操作をBに施すと、極めて短い時間の間に、Bからエネルギーを外部に取り出せます。

量子エネルギーテレポーテーションを使えば、局所的にその部分系を素早く冷却できることを、これは意味しています。一般に量子コンピュータなどの量子デバイスは、量子コヒーレンスを壊す熱揺らぎを嫌います。もしBで高精度の量子計算を行いたい場合には、Bの熱揺らぎと熱エネルギーを、量子エネルギーテレポーテーションで外に捨て去ることが可能になります。
このように量子エネルギーテレポーテーションは、将来の量子集積回路(量子IC)の開発にも応用できる、重要な機構も与えるのです。
またサイモンズ財団が出しているQuanta Magazineでも紹介されています。
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