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真空から量子もつれを無限に取り出す?

場の量子論における「無」とは、真空状態を表します。「真空」と言えど、各空間点における場の量子揺らぎは残り、更にその揺らぎの間には量子もつれが存在します。この量子もつれは、量子コンピュータなどの技術の重要なリソースの1つであり、もし真空から際限なく量子もつれを採掘できるのならば、将来の量子技術の大革新を起こすはずなのですが、世の中はそううまくいきません。確かに量子真空には無限の量子もつれが存在しているのですが、その全部を採掘するには、無限大のエネルギーコストがかかるのです。

純粋状態における量子もつれの定量化には、エンタングルメントエントロピー(Entanglement Entropy, EE)がよく使われます。これをまずは離散的な量子多体系で定義をしておきましょう。図1のように、N個の部分量子系からなる多体系を考えます。その状態が|ψ>で与えられているとしましょう。

図1

この多体系を、図2のようにAとBという2つの部分系に分けます。

図2

このとき、部分系のAとBの間には量子もつれが一般には存在します。そのEEを計算するには、部分系の縮約状態を(1)式で計算します。

(1)式:部分系の縮約状態

これを使って、AとBの間のEEは(2)式で定義されます。

(2)式:エンタングルメントエントロピー(EE)の定義

(2)式で、このEEはAの縮約状態のフォンノイマンエントロピーで与えられますが、今は全体系が純粋状態なので、同様にBの縮約状態のフォンノイマンエントロピーでも計算できます。

次にこのEEを量子場へと拡張します。図3では1次元空間でのスカラー場の真空状態における、量子的にもつれた場の量子揺らぎ(零点揺らぎ)の概念図を与えました。

図3

領域Aと領域Bがある程度近ければ、その量子揺らぎの間には、確かに量子もつれが存在しています。これは高次元時空における量子場の真空状態でも同様です。以下では、時空次元をDをし、その空間次元をD-1としましょう。そして閉じた境界面を空間内に自由に設定して、その境界で接する2つの領域AとBでの量子場部分系を図3のように考えます。そして、(2)式を適用して、領域AとBの間での量子場のEEを直接計算すると、無限大に発散していることが分かります。無限大のままでは扱いにくいので、領域AとBを分けている境界にεの幅を持たせて、有限化してみます。すると時空次元がDの場合には、EEはεの逆数のD-2乗で大きくなることが確認できます。

図3

したがって、確かに真空状態にある量子場には無限の量子もつれがあると言ってよさそうです。もしこの量子もつれを、図4のイメージのように無限に採掘できるのならば、これは凄いことです。

図4

では、その量子もつれの採掘のモデルを考えてみましょう。量子場の真空状態の中を運動する2つの量子ビット系(二準位スピン系)を、改めてAとBとします。図5のように、それぞれをその場所での量子場と相互作用をさせます。

図5

すると、量子場から量子もつれが2つの量子ビットに移ってきます。ただ、量子場ともAやBは量子的にもつれてしまうので、二体系としてのAとBの間には、純度の高い量子もつれが生まれません。そこで、ほどほどにもつれた沢山のAとBのペアを量子場との相互作用で作って、それらに対して図6の「量子もつれ蒸留法」を行います。これによりN個のAとBのペアからは、最大量子もつれ状態であるベル状態を作ることができますが、そのペアの数はN個より少ないM個となります。

図6:量子もつれ蒸留法

それでも、真空状態の量子場からM個のベル状態にある2つの量子ビットペアを作ることができます。この真空からの量子もつれの採掘過程は、量子もつれを畑(field)から収穫するイメージで、「エンタングルメントハーベスティング」(Entanglement Harvesting, EH)とも呼ばれています。

このEH法ですが、一般には非常に小さな量の量子もつれしか収穫できません。図3の無限大の量子もつれを量子場の外に取り出すには、図7のような量子場のモードと結合できるAとBが必要となります。x=0の周辺で激しく振動をしている部分の場の量子もつれをAとBに移行できれば、AとBの間のEEを際限なく大きくすることができます。

図7

ところが、問題が起きます。このように激しい量子場のモードの量子もつれを取り出すと、図8のように、その操作後の量子場には、x=0のあたりに非常に大きな運動エネルギーが溜まってしまうのです。

図8:EH法の操作後の量子場の励起状態

この膨大なエネルギーは、EH法の操作をする装置から量子場に注入されたエネルギーです。つまり操作のエネルギーコストを意味します。そして、取り出される量子もつれが増えるにつれ、このエネルギーコストも発散していくのです。ですから「無料の量子もつれ」が真空状態に存在しているわけではありません。

無限大の量子もつれを何の代償もなく真空から取り出すことはできませんが、妥当なエネルギーコストで、特定のタスクに有効な量の量子もつれを取り出すことは許されています。この真空からの量子もつれを使えば、将来量子テレポーテーションに使える程度の量子もつれ生成は可能になるかもしれません。その意味で真空状態の量子場や、基底状態の量子多体系から量子もつれを採掘するこのアイデアは、これから重要な技術を提供する可能性があるのです。


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