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【読書メモ】ヘンリー・ミラー『北回帰線』感想

作者:ヘンリー・ミラー 大久保康雄訳
出版社:新潮社
総ページ数:p445
読了日:2025/7/6

感想

ヘンリー・ミラーの自伝的な小説で、彼のパリでの生活が描かれている。とは言っても、まとまった筋などはなく、複数の断章からなる。とにかくあった事を端から書いているという印象である。

文体の特徴としては、歴史の知識と、下世話な性の話題がなんのヒエラルキーもなく、フラットに並べられている。なのでインテリというよりかは定住しないノマド的な視点ともいえるかもしれない。作中のぼくのような生き方はしたいとおもわない。 しかし、前に進んで行く、推進力、答えを持たず、とにかく進んで行く力には目を見張るものがある。

ラストあたりから筋を意識しながら読んだが、フィルモアに、身重のジネットをパリに置き去りにしてアメリカに帰らせるところは、自分の人生を自分で切り開いていく、意志を重視する、彼の生き方が読み取れる気がした。

あらゆるものから自由になろうとしており、脱中心というのだろうか、ただただぼくの過ごした時間だけがあり、その衝動を読者はうけとめなければならず、暴力的なテキストに困惑したり、抵抗感を感じる読者もいるだろう。自由は意志で選び取るもので、適当ではたどり着けないものであるということがわかった。反面、もっとシンプルで美意識を持った、阿佐田哲也的な人間の方が私は好きである。

自由な文体は、彼の内部を余す事なく記述しており、なんらの価値判断もなく、時には差別的にみえる。現在の価値観で、この作品を再評価するには、モラルを踏まえた態度が重要である。

お金と性のことがおおよそのテーマとなっているが、どちらもぼくのエネルギーを消費するための燃料に過ぎず、ただただ苦しさだけがある。とにかくドタバタという感じで、魅力的には書かれていない。そこに人間の限界、無常を感じた。

引用

すこしは調子がはずれるかもしれないが、とにかく歌うつもりだ。諸君が泣きごとを言っているひまに、ぼくは歌う。諸君のきたならしい死骸の上で踊ってやる。

この女については万事が狂っていた。第一、月経だと称して、どうしてもおつとめをやろうとしないのである。

ぼくは肉体と精神を持った男である。鋼鉄の地下室によって防御されてない心臓を、ぼくはもっている。ぼくは歓喜の瞬間を幾度か経験した。

彼女は死海に浮ぶ屍体(したい)のように軽い。

静寂は噴火口の斜面のごとく沈下してくる。彼方の荒涼たる丘のなかを、大冶金(やきん)地帯に向って前進しつつ、機関車はその商品を引っぱっていく。鋼鉄と鉄のベッドの上を廻転してゆく。地面に溶滓や燃屑(もえくず)や、紫色の鉱石をまき散らして、貨車のなかには、ケルプ灰、挾接鉄板、圧延鉄板、枕木、線材、板金、薄板、合板、熱圧延環、薄片、臼砲架(きゅうほうか)、ゾレス鉱などが積まれている。

それにしても何かとんだことでももちあがるのだろうか。ぼくはみずからに反問した。彼女が自殺する? なお結構じゃないか。

そうだ、いまごろ、あいつはあいつの道を進んでいるのだ。もうすこししたら船にゆられているだろう。英語! あいつは英語のしゃべるのを聞きたがっていた。

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