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(雑記)フェードアウトで終わる曲が好きじゃなかった

・・・と思ってた時代がありました。

なぜかって?
「ちゃんと終わってない」
じゃないですか。

ちゃんと曲として締めて終わる。
それができないのって「手抜き」なんじゃないか、と。

(いや、実際そういう人もいるのかは分かりませんが)


でも「それがこの曲の終わり方なんだ」と。
終わらないのが終わりなんだ、と。

なぜこの曲は「着地」しないのか。
その意味を考えて納得がいけば、創り手との距離感が少し縮まった気がして嬉しくなったりした。

「いつまでもその楽曲の世界観に浸ってほしい」
とか
「この楽曲の言いたいことを、いつまでも訴えていたい」
とか

そういう意図を汲み取るのも、音楽の楽しみ方なんだろうと。
とくにアルバムとして曲順まで意識して楽曲を並べてる場合、特に「着地して終わるか」「フェードして終わるか」は重要なメッセージの一部になる。

次の曲につなげるための余韻なのかもしれないし。


で、創る側としては
「どうフェードアウトさせるか」
もこだわりの一要素になってくる。

何小節(何秒)かけて、音量を下げていくのか。
このタイミングまではゆっくり音量を下げて、ここからは少し早めに音量を下げていこう、といった要素。

フェードしていく途中に、そこにしかない音の動きを混ぜてみたりとか。

さらにはフェードアウトじゃなくても、曲の終わりは「どういう楽器の音の混ざり方で終わらせるか」とか。
「ベースだけちょっと長めに音を残そうか?」とか「この重なる音は、どんなバランスで聴こえるのが心地よいのか?」とか。

聴き流ししちゃいそうなところに、こだわって創っていらっしゃるクリエイター、ミュージシャン、エンジニアもたくさんいます。

素敵な曲って、聴いた後の余韻が心地よいもんだと思う。


そういえば突然思い出したけど、学生時代に友達が創ってた歌詞で

曲の頭でフェードアウト
曲の終わりでフェードイン♪

ってのがあったな。無理じゃろ(笑)


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