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【官能】聖母の崩落、あるいは女豹の帰還|比翼連理のエロティシズム(2):第三章・第四章

完璧な母親であろうとする彼女が、夫の前でだけ見せる別の顔。

【閲覧注意】
本作には性愛に関する露骨な描写が含まれます。
18歳未満の方、およびこうした表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。





第三章:聖母のポートフォリオと、女豹の帰還

私は栞を心から愛し、尊敬している。
家庭では、彼女の表情一つに振り回されている。
律と澪を見る彼女は、慈母というより聖母だ。
世間にはいろいろな家庭があると思うが、母親こそ家庭の中心だと思う。
父親の最重要の役目は、献身的に母親を支え、彼女を笑顔にすること。

それは、家庭というポートフォリオにおける、最も安定し、かつリターンの大きい投資だ。
栞が笑顔なら、子供たちも笑顔になる。その連鎖こそが、私が守るべき唯一のアルゴリズムだった。

双子は3歳だ。今年の誕生日に4歳になる。

栞は産前・産後休暇も、育児休暇もとって、子育てに頑張ってくれた。
私も当然、育児休暇をとった。双子だから目が回るような日々だった。
栞にいいようにこき使われたが、心地よいものだった。

そう言えば、栞にこんなことを言った。「あの夜」だったと思う。
こういう言葉だったか。

「肩書きや年齢ではなく、有能な人間がイニシアチブをとる方がいいのです。もちろん、相手に相応の礼を尽くすことは必要です」

栞は私に相応の礼を尽くすこともあるし、そうでないこともあった。
夜泣きにイライラした彼女からベッドを蹴られ、叩き起こされたことなど、枚挙に暇がない。

……夫を蹴りたくもなるだろう。常に寝不足だし、子供の泣き声は、人間の不快感をクリティカルに突いてくるし。
正直、私は子供の泣き声が大嫌いだ。自分の子でも嫌だ。余所の子供が泣いていると、全身に猛毒が回っていくのを感じる。

(さっさと泣き止ませろ!ここに連れてくるんじゃない!)

……そのときからだった。子供たちを連れて数時間、家の外に出て、栞を強制的に休ませるようにしたのは。

私の育児休暇に対し、室長は一瞬、渋面を作った。
しかし、ここで不可だと言えば、彼女の査定に響く。
(ご自身は、産前・産後・育児休暇をフルに取られましたよね?世の男共の無理解を殊の外、嘆かわしいと貶しておいででしたよね?……部下の育児休業に渋面を作るなんて、自己矛盾ではないですか?『二重基準(ダブルスタンダード)』ですよ)
内心は分からないが、彼女は理解のある穏やかな上司の顔を作った。
「お子さんを可愛がってやるといいわ。絶対にかわいいから!大変だけど」

栞を適正に評価しないこの会社に対し、正直、自分は愛想が尽きそうだ。
……しかし、その本心は栞に伝えていない。今はその時期ではないからだ。
少なくとも今は、夫のケアなど彼女に求めてはいけない。
私が双子と手を繋いで散歩に出かけ、栞を休めることの方がずっと大事だ。

……私の理想とする父親のロールモデルを、感情抜きに果たしてみせることで、結果的に豊かな感情を享受できるというパラドックス……。

言い換えよう。

……夫にして父のエゴイズムによる、結果としてのWin-Winの家族……。

本当の私とは?

……家族、特に妻を失うことを、何より恐れるエゴイスト……。

双子は私が思考に沈潜することを許さない。
……私はそれが心地よい。理屈がまったく通じない、予測も出来ないことをして、腹の底から笑わせてくれる。

遊び疲れた子供たちを家に連れて帰ると、あっという間に寝入ってしまった。
栞は「パパ、お茶?コーヒー?」と尋ねてきた。
水はかなり水筒に残っていたが、「お茶を」と答えておいた。

栞はお茶を出してくれた。喉から胃にかけてじんわりと温めてくれる。
栞は私の座るソファの隣に座り、困ったような、切ないような顔をした。
モジモジしていた。

私には察するところがあったので、彼女をダイニングの腰かけに座らせて、彼女の肩を揉んであげた。
栞の口から甘い溜息が漏れた。
衣服ごしでも分かる。
引き締まった筋肉の上に、つきたての餅のような皮膚がある。
髪を結った栞のうなじの下、首の付け根も揉んだ。
しばらくそうしていた。

「パパ、散歩から帰ってこないんじゃないか、って時々怖くなる」
「子供を連れて?」
「うん」
「……夢でも見たの?ママ」
「うん。とても怖かった。あなたも律も澪も振り返らず、私を置いて歩いて行くの。……絶対に帰ってきて。パパ」
「これはまた、ベタな悪夢を見たね。ママ」
「ベタって……」
「ごめんごめん。帰ってくるさ。ママは頑張り過ぎるから。疲れているんじゃないの?」
「……………」

栞の言葉が甘ったるい。
母になった女はそういうものらしい。
三毛猫の皮をかぶった女豹の血が、騒いでいるらしい。
……それも結婚前よりも激しく。
栞は葛藤している。
彼女は劣等感があるせいなのか、自尊心が屈折しているようだ。

「自分は有能である」という確信と、「自分は愛されるに値しない」という呪いが、彼女の中で常にデッドヒートを繰り広げているのだ。
会社での不当な評価が、その呪いに燃料を注ぐ。
彼女が「聖母」の仮面を被って育児に没頭するのは、そうしていないと自分の価値が霧散してしまうと思い込んでいるからではないか。
だから彼女は、私に縋りながらも、私を試すような真似をする。

私は、彼女の首筋にそって、両耳後ろから指が肌に吸い付くか付かないか、程度で優しく撫でてみた。
栞は、激しく反応した。声すら出せず、腰掛けから飛んでいった。
まさしく、「!!!」という反応だった。

「……パパ!……もう~」
たしなめるような顔を作ろうとしたが、眼がきらめいていた。
私に近づいてきて、上着の裾を掴んで、口をパクパクさせている。

(セックスしたい、なんて死んでも言えないよね)
「……いきなりはなし!」
「……予告したら、外まで飛んでいきそうだけど。ママ」
「…………」
(言葉が出ないみたいだ)

私はソファに腰を下ろして、栞を手招きした。
隣を指定したつもりだったが、何を思ったのか、彼女は私を椅子にした。
そして、深く腰かけ、リクライニングシート扱いしてきた。
後ろで無造作にまとめただけの栞の髪が、私の顔を撫でた。

「お、重い。ちょっとママ、これは……」
「…………」
(女豹の眼だ。随分とご無沙汰だったからね)
「……峻。私を軽蔑しないで」
「軽蔑?」
「……下品ではしたないって思う?」

女豹の吐息は私の左から、首筋を通って懐に流れ込んでいく。

「……下品?自然なことではないかな」
左に視線を走らせて、栞を見た。
(聖母はどこかにバカンスに行った模様)

「ママ~」
いつの間にか起きてきた律が、扉の隙間からこっそり私たちを見ていた。

栞は「ひゃっ!」といって飛んでいった。
弾力のあるゴムボールのような身体の持ち主だ。

「律、澪は起きた?」
律は首を横に振った。
「律、パパと一緒にお風呂に入ろう」
律は無邪気に笑いながら、私の脚に抱きついてきた。
「ママ、澪が起きたら、一緒に風呂に入ってあげて」
「……えっ?……あ、ええ、了解!」
聖母が一時的に帰ってきた。
当面、帰ってこなくていいのだが……。


第四章:聖母の崩落、あるいは湿った重音

子供たちが寝静まった後、21:25を過ぎた。
夫が不意に私をしゃがませて、お尻をペチペチと叩いた。

「え?え?ちょっと、ちょっとー、何?」
彼は答えなかった。
衣服越しだったし、軽く打ったので、少し「揺れた」だけだった。
私は薄く笑いながら、立ち上がった。
夫がさらりと言った。

「風呂の前の続きを、寝室で」って。
そして、追加した。
「髪は結い上げておいて。栞」って。

寝室に行くと、夫は大きめのバスタオルを何枚か用意していた。
パジャマ姿の私の横にしゃがんで、バスタオルで私の腰に巻いて大きさを確かめていた。

「え、それ何?」
「スパンキングってやつを試してみたくて」
「え!痛いのは、ちょっと……」
「だから、バスタオルで痛みを減らして、『揺らす』ことだけ引き出したくてさ……」
「ちょっと怖い」
「ニヤニヤを隠せてないんですけど!栞奥さま。眼が爛々としてる」
「ワクワクしてるでしょ?……峻」

最終的に「大は小を兼ねる」と言って、一番厚くて広いものを選んだ。

照明が絞り込まれた。窓から差し込む光が最大の照明。

彼は私を立たせたまま、服を脱がせた。
わざとゆっくりと、優しく優しく扱っていた。
こんなときなのに、脱がせた服を下着含めて、丁寧にたたんでいた。
よく見ると、夫の手は震えていた。
どういう脳内物質が出ているのかしら。

そして、夫も服を脱いだ。
そして、おかしくて仕方ないが、また下着まで含めて全部たたんでる!
正座してやっていることも可笑しかった。

私は夫の傍にしゃがんで、服をたたむ手の動きを見ていた。
夫は私の方を向いた。そして、床に手をつき、少し前屈みで正座したまま、こう言った。
「栞、立って」
言われたとおりにした。

「……!!!、うわわわわ、違う!俺に背を向けて立って」
夫の語尾は笑っていた。そして、笑いながらこう続けた。
「……眼の前にド迫力の『女』ってのは、腰が抜けますよ。しかも臭いまでついてて、クラクラしそう。……栞は俺を瞬殺したいの?」

私は夫に背を向けた。
……そして、夫のすぐ眼の前、彼の鼻先に触れるか触れないか、というあたりで、腰を前後に「グイッグイッ」と深く振って見せた。


「すまん。質量と『臭い』の暴力に負けました。これは秒殺だよ。まいったな。栞、俺が瞬殺されたら、あとのモヤモヤは、自分でなんとかして」

夫は私に降参した。……素直でよろしい!

「スーパーダーリンさん、瞬殺とか秒殺とか許さないから」

「私のただ一柱たる、リアル女神様の仰せならば」


彼は用意したバスタオルを手に取った。

……峻はバスタオルを器用に、しかし執拗なまでの丁寧さで私の股の間に通した。
まるで子供を扱うような、あるいは貴重な楽器を梱包するような手つき。
「ずれてしまっては、正確な『揺らぎ』が観測できませんからね。栞」
腰の前面でタオルが結ばれて、私は、彼の前で、大きな布に包まれただけの無力な存在にされていった。

愛のルーチンは、いつだって彼からの静かなキスで幕を開ける。
さっきまで「パパ」と呼んでいた人の唇が、私の唇を塞ぎ、私の「母親」としての意識を少しずつ、丁寧に奪っていく。

彼の唇が耳の周りを掠めると、その熱に触発されるように、私の知性は急激に色彩を失い始める。
うなじから首筋にかけて、吸い付くような愛撫が滑り降りていく。
私はただ、彼の吐息に導かれるままに、天を仰ぐことしかできない。

やがて、彼の大きな手のひらが、私の胸を包み込んだ。
まるで掌中の珠のように扱うその確かな質量。
その指先が、最も敏感な蕾を捉え、いたずらに摘み上げる。

「……っ」

声にならない熱い震えが、背骨を伝って脳まで駆け上がる。
その刺激は、私が今まで必死に守ってきた「聖母」の仮面を、内側から激しく揺さぶる。
有能でありたい、正しくありたいと願う私が、彼の指の動き一つで、つきたての餅のように柔らかく、無防備に作り変えられていく。

彼にまさぐられるたびに、私は彼の熱に溶かされていくのを感じる。
その屈辱的なまでの多幸感に、私はもう、抗う術を知らない。

……でも、私は「お人形」じゃない。隙あらば、夫の身体を貪り返す。

最初の衝撃は、音と共にやってきた。

「——ヴァンッ」

それは、私が想像していた「スパンキング」とは全く質の異なるものだった。
まるで、すこし重い肩叩きのよう。
痛みはない。厚手のタオルという巨大な緩衝材が、刺激をすべて重厚な「振動」へと変換している。
けれど、その衝撃は皮膚の表面で止まることなく、私の肉を、筋肉を、そして骨の髄までを、巨大な鐘を打ち鳴らしたかのように激しく揺さぶった。

「あ……っ!」

声が漏れる。
自分でも耳慣れない甘ったるい音が、部屋の空気を震わせる。
峻の手はまだ震えているはずなのに、振り下ろされる一撃一撃は、正確なリズムを刻むメトロノームのように無慈悲だった。

一打ごとに、私の内側で積み上げられてきた「理屈」が、崩落していく。
有能でありたいという自負も、社会的な責任感も、この圧倒的な質量の「揺らぎ」の前では、なんの防壁にもならなかった。
脳内物質が、峻の言う「アルゴリズム」を上書きしていく。

背後から聞こえる彼の吐息は、熱く、そしてどこか陶酔していた。
私の肉体を楽器のように調律し、私が隠し持っていた本能……生命を宿し産みだした「女」……を、振動によって無理やり引き出し、解体しようとしているのだ。

振動が止まらない。
打撃の余韻が次の衝撃と重なり、私の身体は絶え間ない波の中に放り込まれる。
突っ張る腕から力が抜けそう。私は必死に自分を繋ぎ止めようとした。

私は、ただの震える質量になっていく。
「聖母」の仮面が、暗闇の中に音を立てて落ちていくのがわかった。

私の全身から甘酸っぱい汗が滲んで、部屋中に蒸気となって立ち込めているかのようだった。

……いったい何度目の弛緩だろう。既に私はふわふわと浮いていた。

衣擦れの音がした。
……バスタオルが解かれ、床に落ちた。

乾いたタオルなら、落ちたときに音なんてしない。
でも、……。

そのバスタオルは床に落ちたとき、はっきりと音を立てた。

バスタオルが重い音を立てて床に落ち、私の肌は夜の冷気に晒された。
けれど、寒いと感じる暇もなかった。

ヘッドボードに手を突いたままの私の背後で、彼が深く、深く身を沈める気配がした。
そして、さっきまで振動が吹き荒れていた場所に、今度は熱く、湿った舌が触れる。

それは、言葉にできないほど異様な、けれど抗いようのない官能の波だった。
彼が施すのは、ただの愛撫ではない。
私の身体の最も無防備で、最も禁忌に近い場所を、一つひとつ丁寧に「肯定」していくような作業だ。

前から、そして後ろから。 峻の舌先が、迷いなく私の「女」の深淵へと入り込んでくる。
そのたびに、私の脊髄を未知の電流が走り抜け、脳の奥でパチパチと火花が散る。
バスタオル越しに「揺らされていた」時の重厚な快感とは違う、鋭く、研ぎ澄まされた刺激。
それは私の自尊心の最後の欠片を、熱い蜜で溶かしていくようだった。

数分が、数時間にも感じられた。
彼が深く吸い付くたび、私の視界は白く明滅し、指先が壁を強く掻く。

自分の名前さえ、もう思い出せない。
私はただ、峻という名の巨大な渦に飲み込まれ、内側から裏返されていくような感覚に身を委ねるしかなかった。

私の喉からは、もはや人間の言葉とは思えない、甘く、かすれた「鳴き声」が絶え間なく漏れ出す。
「聖母」が住んでいた場所には、いまや峻の愛撫によって暴かれた、真っ赤な本能だけが脈打っていた。

……比翼連理。峻との「初夜」の翌朝、彼の口から溢れた言葉。
「……『比翼連理』は仲睦まじい夫婦や恋人の様を指す意味で定着しました……」

私はそれを書き換えた。
「峻のアルゴリズムは、私のセキュリティと一緒になって初めて空を飛べる。これが比翼。そして、共犯者として、私たちはもう離れられない。これが連理」

……記憶の断片が泡のように浮かんで、はじけて消えた。

この作品はフィクションです。実在の人物、組織並びに団体と、一切の関係はありません。