【素人が海外で事業を作る #3】誰が海外事業の隣に立つのか――受け手だった私が、リスクを張る側に回る理由
インドネシアで外資法人を作り、苦労して、続ける。前回、その話を書いた。最後に、こう書いた。この苦労を、一人で背負う必要はない。誰と一緒に背負うかで、続けられるかどうかが変わる、と。
では、海外で事業を作り、続けようとする会社の隣には、誰が立つのか。
インドネシアで5年あまり事業をやってきて、もう一つ、はっきり分かったことがある。
調査の支援、実証の支援、資金の支援、販路の支援は得られる。だが、隣に立ち続け、事業化まで共に作り上げてくれる人は、ほとんどいなかった。
支援は多い。だが、隣に立つ人は少ない
自らで海外事業を始めてから、いろいろな人に助けられた。
戦略作りや現地調査、実証事業を支援してくれるJICAや中小機構などの政府機関や、商流やネットワークを持つ商社、資金を出してくれる金融機関やファンド、国内およびインドネシア事業を立ち上げた経験を語ってくれる先輩経営者など。どの助けも、ありがたかった。
だが、振り返ると、足りない関わり方が一つあった。知見を出し、自分もリスクを張り、現場の経営にも入り、それでいて主役はこちらの会社——そういう関わり方をする人が、いなかった。
既存の肩書きを当てはめてみると、どれも少しずつ足りない。コンサルタントは知見を出すが、事業のリスクは張らない。投資家は資金を出すが、現場の経営には入らないことが多い。商社は商流を持つが、中堅中小の海外事業に何年も張り付くモデルではない。連続起業家は事業を作る人だが、作るのは自分の事業で、他社に長く並走はしない。
知見を出し、リスクも張り、経営にも入り、しかし主役は相手——この立場には、名前がない。「補助金・助成金を探す」「コンサルを探す」「投資家を探す」ことはできても、「その中間を探す」ことはできない。
受け入れる側で分かった、出し手とのズレ
なぜ、この関わり方が大事だと思うのか。それは、自分がずっと「受け入れる側」だったからだ。
KFIは、複数の金融機関やファンドに断られた末に、あるファンドから出資を受けて設立した。以来、出資を受け入れる側として5年あまり経営してきて、骨身に沁みたことが二つある。
一つ目は、出し手の時間軸と、現場の時間軸はズレるということだ。現地で事業を立ち上げ持続的に成長していくには、まずは現地の社会に入らせていただくという姿勢で事業を開始し、そこに関わる関係者(私たちの場合には地元政府や漁業者、サプライヤー、会社のメンバーなど)からの信頼を得ていくことが不可欠だ。この現地の信頼は、年単位でしか積み上がらない。一方で、出資には期限があり、その中で成長と出口が求められる。どちらが悪いわけでもない。だが、このズレを誰かが現場で吸収し、両側に翻訳し続けないと、事業は途中で行き詰まる。
二つ目は、数字の向こうの現場が見える相手と、見えない相手とでは、苦しい局面の対話の質がまるで違うということだ。順調なときは、どちらでも変わらない。差が出るのは、計画が崩れたときだ。現場が見える相手とは「次の一手」を話せる。見えない相手とは「なぜ計画と違うのか」の説明に、時間と労力を奪われる。
そして、受け入れる側は、出し手の解像度を選べないことが多い。多くの案件を抱えることが多い出し手は、どうしても一つの案件を深掘りし続けることが難しい状況もある。
だからこそ、私たちが今後他社の海外事業に関わる際には、現場の見える側、リスクを張る側に立ちたい、と強く思うに至った。
だから、出す側に回ることにした
その感覚を持って、私たちは今、他社の海外事業に関わっている。
私たちの本業は、企業の海外事業の構築支援であり、多くの企業の相談を受けている。
その一社として、環境分野で確かな技術を持つ、ある中小企業がある。技術があり、実績があり、海外にも実需がある。それなのに、その先の事業化や投資につながらず、後継者の問題も抱えている。このままでは、確かな土台が、継がれずに埋もれてしまう。
「海外進出を支援します」「投資家を紹介します」というパーツを渡すだけでは、この会社の事業は動き出さない。必要なのは、全体像を一緒に描き、自分もリスクを張り、事業が動き続けるところまで並走する関わり方だ。私はいま、それを現場で探っている。
受け手の痛みを知った人間が、今度は出す側・並走する側に回る。自社で海外事業を経営し続けながら、他社の海外事業にも当事者として関わる。この二つは、別々の仕事ではない。片方だけでは、たぶん成り立たない。受け入れる側の景色を持ち続けているから、隣に立てる。隣に立っているから、受け入れる側の景色が更新される。
「伴走投資家」と、暫定的に呼んでいる
この立場を、私は暫定的に「伴走投資家」と呼んでいる。大事なのは名前ではなく、中身だ。
必要な力を分解すると、技術や事業を「海外で事業になるか」という文脈で見極めること、企業の有する技術や製品、サービスを「誰の何が変わり、いくら儲かるのか」に組み直すこと、そして資金の出し手と現場のズレを翻訳し続けること——この三つに尽きる。ただ、この連作で言いたいのは、分類そのものではない。
ここで言いたいのは、どれも机上の知識ではない、ということだ。三つとも、自分が受け手の側でさんざん味わった不足の、裏返しでしかない。だから私は、この立場をやれると思っている。誰かを助けられるほど優秀だからではない。受け手として困った景色を、まだ覚えているからだ。
「騙されるのでは」という不安への、一つの答え
海外事業には、こんなイメージがついて回る。難しい。専門知識がないと無理だ。騙されて終わる。
ここで書きたいのは、その逆だ。専門知識がなくても、自分にないものを持つ人と組めば、事業は作れる。作った後は苦難の連続だが、海外事業でしか味わえない出会いや学びがある。そして、その苦労は、一人で背負わなくていい。
「騙されるのでは」という不安にも、この立場は一つの答えになる。フィーだけの関係は、相手が損をしても自分は痛まない。だが、自分のお金と時間と信用を一緒に張っている相手は、簡単には裏切れない。リスクを共に取る——それが、「騙される」恐怖への、いちばん構造的な答えだと思う。
ただし、正直に書いておく。この関わり方は、割に合わない。一人で本気で背負える海外事業は、せいぜい数本だ。何年も張り付くから、数はこなせない。投資の物差しでは効率が悪く、コンサルの物差しでは重すぎる。だから組織はこれを商品にできないし、決まったキャリアの先にも現れない。割に合わないから、誰もやらない。誰もやらないから、空いている。中堅・中小の海外事業がいちばん必要としているのは、その空いた場所に立つ人間だと、私は思っている。
素人が、海外で事業を作るということ
専門知識がなくても、自分にないものを持つ人と組めば、事業は作れる。だが、作るのは入口にすぎず、その先は苦難の連続で、醍醐味もまた、その中にしかない。そして、その苦労は、一人で背負わなくていい。隣にリスクごと立つ誰かがいるかどうかで、続くかどうかが変わる。三部を通して書きたかったのは、この三つだ。
ビジネスも水産も知らなかった人間が、インドネシアでタコの会社を作り、苦労しながら続け、いまはその経験をもとに他社の海外事業にも関与している。9年かけて、ここまで来た。まだ途中だ。完成形ではない。
それでも、これだけは言える。海外で事業を作るのに、最初から特別な才能や専門知識が揃っている必要はなかった。
必要だったのは、不完全なまま始める覚悟と、自分にないものを持つ人と組む素直さと、苦しくても粘り強く止めないこと。そして、必要なときに、隣に立つ人を探すこと。
素人が海外で事業を作るということは、そういうことだった。
