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東方Projectが好きです➀(世界観編)

前提

東方Projectについての知識が必要かもしれません!
わからない時には、「幻想郷」と検索してみるといいと思います。



本文

東方Projectの世界観が好きです。

妖怪と人間を共存させる設定があまりにうまくて、
初めて触れたときは衝撃を受けました。
スペルカードルールという決闘方法も、中二心を強くくすぐられました。

けれど、幻想郷のシステムは物騒だと私は思います。
「外の」人類から見れば、幻想郷内の人類は妖怪に飼い殺しに
されているようにも見えます。

妖怪から見れば、特別な能力を持たないはずの人類が台頭できること
の方が、むしろ恐ろしいのかもしれません。
その上、妖怪は人間に畏れられないと存在意義を失ってしまいます。
人間を駆逐してしまえばいい、妖怪大○争~というわけにもいきません。
そもそも勝てないのです。

というわけで、妖怪の賢者たちは妖怪優位の世界を作ったのだと、
私は解釈しています。

その上で、理想郷といっても
「みんな仲良し・幸せハッピー」ではなさそうな、
その設定のリアリズムに、きっと私は心を打たれたのだと思います。

けれど、そんな危うい均衡の上に成り立つ世界が、どうしてこんなにも心地よく感じられるのか。
私はその理由をずっと考えてきました。

幻想郷は、決して「平和」ではありません。
むしろ、平和とは程遠い場所です。
妖怪は人間を必要とし、人間は妖怪を恐れながらも共存を選びます。
その関係は、どちらかが一歩踏み外せば簡単に崩れてしまうような、
薄い氷の上のようなものだと思います。

それでも、幻想郷には不思議な「やわらかさ」があります。
弾幕ごっこは命のやり取りの代替として機能し、
妖怪の脅威は「物語」として受け入れられ、
人間の弱さは「工夫」や「知恵」として尊重されます。
そこには、強さと弱さが対立ではなく「役割」として存在しているような、
そんな独特の距離感があるように思うのです。

私はその距離感に、妙なリアリティを感じてしまいます。
現実の世界でも、私たちは完全に理解し合えるわけではありませんし、
完全に安全な関係なんてどこにもありません。
それでも、壊れないように距離を測りながら、
なんとか共存していくのだと思います。

幻想郷の妖怪と人間の関係は、
その縮図のように見えるのです。
だからこそ、私は幻想郷を「理想郷」と呼びたくなります。
そこには、完璧な幸福も、完全な調和もありません。
ただ、危うさを抱えたまま続いていく日常があります。
その日常を守るために、妖怪も人間も、それぞれの立場から
「ちょうどいい距離」を探し続けているのだと思います。


その不完全さが、私にはとても美しく感じられるのです。