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忘れていた私の言葉を、娘だけが覚えていた

「パパ、今日クレープ食べるんやろ?」

ある休日、家族で買い物に出かけたときのことです。
車を降りようとすると、娘が当たり前のように言いました。

「パパ、今日クレープ食べるんやろ?」

一瞬、何のことか分かりませんでした。

「クレープ? そんな約束したっけ?」
そう聞くと、娘は少し不満そうな顔をして言いました。

「前に、今度ここに来たら食べようって言ったやん」

言われても、すぐには思い出せませんでした。
おそらく前に買い物へ来たとき、娘がクレープを食べたいと言ったのでしょう。
その日は時間がなかったのか、お腹がいっぱいだったのか。

私は深く考えず、
「今日は無理やから、今度来たときにしよう」
と答えたのだと思います。

私にとっては、その場を収めるための何気ないひと言でした。

でも娘にとっては、次にここへ来たら叶う約束として、ずっと残っていたのです。

子どもは聞いていないようで、意外と覚えている

普段、娘に話しかけても返事がないことがあります。

「明日の準備した?」

「……」

「歯磨きするよ」

「……」

何度言っても動かないので、「全然聞いてないやん」と思うこともあります。

でも、こちらが忘れているような言葉は、驚くほどよく覚えています。

「今度、公園で自転車の練習しよう」
「暖かくなったら動物園に行こう」
「このお菓子は、明日食べよう」
「次のお休みに一緒に作ろう」

言った本人は忘れているのに、娘は覚えています。
何日も前のことを、突然思い出して聞いてきます。

「パパ、いつするの?」

そのたびに私は、
「そんなこと言ったっけ?」
と返してしまいます。

でも娘からすれば、確かにパパが言ったことなのです。

大人の「今度」は、子どもには約束になる

大人は「今度」という言葉をよく使います。

今は忙しいから。
断ると泣きそうだから。
とりあえず納得してもらいたいから。

はっきり断る代わりに、
「また今度ね」と言います。

でも、その「今度」がいつなのか、実は大人も考えていません。
約束をしたつもりすらないこともあります。

一方で、子どもは「今度」を楽しみに待っています。

次の休みかもしれない。
次に同じ場所へ行ったときかもしれない。
明日かもしれない。

大人にとっての何気ないひと言が、子どもの中では長い間、約束として残っていたのかもしれません。
そう思うと、少し申し訳なくなりました。

覚えているのは、約束だけではない

子どもが覚えているのは、楽しい約束だけではありません。

以前、娘が何かに失敗したとき、私が強い口調で注意したことがありました。
その場では娘もすぐに遊び始めたので、もう気にしていないと思っていました。

でも数日後、似たようなことをしようとした娘が、
「これしたら、またパパ怒る?」
と聞いてきました。

私は、そのとき自分が何と言ったのか、はっきり覚えていませんでした。
でも娘の中には、「あのときパパが怒った」という記憶が残っていました。

親が忘れてしまった言葉を、子どもだけが持ち続けている。
そう考えると、少し怖くなります。

こちらは疲れていただけかもしれない。
焦っていただけかもしれない。
深い意味なく言っただけかもしれない。

でも子どもには、親の事情までは分かりません。
言葉だけが、そのまま残ることがあります。

だからといって、すべての言葉は選べない

では、これからは一言一句、慎重に話さなければいけないのか。
そんなことは無理です。

親も疲れます。
余裕がない日もあります。
ついつい適当な返事をすることもあります。
守れない約束を口にしてしまうこともあります。

毎日すべての言葉を正しく選べる親にはなれません。
それに、言葉を気にしすぎて何も言えなくなってしまうのも違う気がします。
大事なのは、間違えないことではなく、気づいたあとにどうするかだと思います。

忘れていたなら、
「ごめん、パパ忘れてた」
と言う。

守れないなら、
「今度って言ったけど、今日はできそうにない」
と説明する。

強く言いすぎたなら、
「さっきの言い方はよくなかった。ごめんね」
と謝る。

親の言葉が残るなら、謝った言葉や、言い直した言葉も残るはずです。

子どもの記憶は、親の予想通りには残らない

親としては、覚えておいてほしいことがたくさんあります。

一緒に旅行したこと。
誕生日をお祝いしたこと。
公園でたくさん遊んだこと。
毎日頑張ってご飯を作ったこと。

でも、子どもが何を覚えているかは選べません。

旅行先より、帰りの車で歌った歌を覚えているかもしれない。
誕生日のプレゼントより、ケーキのろうそくが消えなかったことを覚えているかもしれない。
親が頑張った一日より、何気なく言ったひと言を覚えているかもしれない。

少し寂しいですが、それが子どもの記憶なのだと思います。
親が残したい場面ではなく、子どもの心が動いた瞬間が残っていく。

だからこそ、何でもない毎日の言葉も、子どもにとっては大切なのかもしれません。

忘れていたことを、娘が返してくれる

「パパ、前にこう言ったやん」
娘にそう言われるたび、少し困ります。

また忘れていた。
適当に返事をしていた。
守れていない約束があった。

反省することもあります。

でも同時に、娘が私との会話をそれだけ大切に持っていてくれたことが、少し嬉しくもあります。

私が忘れてしまった何気ない時間を、娘が覚えていてくれる。

親は子どもの成長を記録しているつもりですが、子どもの方も、親との毎日を心の中に残しているのかもしれません。

そう思うと、娘との会話をもう少し大切にしたくなります。

約束できないときは、正直に伝えたい

これからは「今度ね」を言わないようにする。
そこまではできないと思います。
きっとまた言ってしまいます。

でも、叶えるつもりのない「今度」は、少し減らしたいです。

できないときは、
「今日はできないよ」と伝える。

まだ分からないときは、
「できるか分からないけど、また相談しよう」と伝える。

もし約束したなら、自分も忘れないようにする。
全部は無理でも、少しずつです。

「また今度」と言えば、その場は早く収まります。
でも、子どもの中では、その話は終わっていないことがあります。

親の言葉は、思っているより長く子どもの中に残るのかもしれません。

今日の言葉も、どこかに残っていく

娘が大きくなったとき、今の会話をどれくらい覚えているかは分かりません。
ほとんど忘れているかもしれません。

でも、私が忘れた言葉を娘だけが覚えていたように、何かは残っていくのだと思います。

約束したこと。
褒めたこと。
怒ったこと。
謝ったこと。
一緒に笑ったこと。

だからといって、完璧な言葉だけをかけることはできません。

それでも、「パパは覚えていなかったけど、あなたは大切に覚えていたんだね」と気づける親ではいたいです。

大人にとっての何気ないひと言が、子どもの中では長い間、約束として残ることがあります。
そしてきっと、何気なく伝えた「大好き」や「頑張ったね」も、同じように残っていく。

そう信じて、今日も娘に言葉を渡していきたいなと思います。



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