2012年の「Chojae論文」とTenno modal(D-CTS8093)とは何か
2012年に「Chojae」という名義(ハンドルネームや通称を含む)で発表された論文は、主に日本の分子人類学や歴史愛好家の間で注目された『日本人の父系ハプログループの構成比率と歴史的要因』(2012年4月29日発表)を指す。
この論文の主な内容と特徴は以下の通り。
論文の概要
タイトル: 日本人の父系ハプログループの構成比率と歴史的要因
現文名: "Paleolithic Contingent in Modern Japanese: Estimation and Inference using Genome-wide Data" (2012年)
発表日: 2012年4月29日
分野: 分子人類学(Y染色体ハプログループの研究)
主な内容:
Abstract(要旨): 「日本列島での縄文時代(Jomon)は、約2万年〜1万5千年前の海面上昇による孤立から始まった。現代日本人のゲノムには、このパレオリティック(Paleolithic/旧石器時代)の成分が色濃く残っている」と述べている。
日本人のY染色体(父系)のハプログループ構成について、STR(ショート・タンデム・リピート)データの統計的解析に基づき、各系統が日本列島に流入した時期や歴史的背景を推計している。
特に、日本固有とされる「ハプログループD1a2a(旧D2)」や、大陸由来の「ハプログループO」などの分布比率から、縄文系と弥生系(渡来系)の混淆プロセスを論じている。
Y染色体に関する言及: 論文内では「既知のY染色体やmtDNAの知見(D系統が日本固有であること)」を前提としつつ、それを核ゲノム(全DNA)のデータで補強・証明する形をとっている。
Results/Discussion: この論文では、核ゲノムの解析から、現代日本人の縄文由来の成分を「本土日本人で約23〜40%」と推定している。
評価と影響
データの緻密さ: 公開されているDNAデータを地道に収集・比較し、確率統計論を用いて推算した手法は、専門の研究者ではない立場(市民科学的アプローチ)からの発表としては非常に詳細であると FamilyTreeDNAの「Samurai DNA」プロジェクト 等で言及されている。
ネット上での議論: 発表当時、ネイバーや、2ch(現5ch)の考古学・人類学板などの日韓のコミュニティで非常に活発に議論され、日本人の起源論に一石を投じた。(またその議論の過程を通じて結論が修正され補強された)
D1a2a1a2b1a1a(D-CTS8093)の人口拡大とは何か
D1a2a1a2b1a1a(旧呼称:D2a1b1等、SNP:D-CTS8093)は、日本列島のY染色体ハプログループにおいて、縄文時代から現代にかけて最も劇的に人口拡大(エクスパンション)を遂げた系統。
Chojae氏の2012年の分析や近年の分子人類学的知見に基づくと、この系統の人口拡大には以下の特徴がある。
1. 縄文時代末期から弥生時代にかけての急拡大
この系統は、日本列島内で誕生したD1a2a(M55)からさらに分岐したものです。約3,000〜4,000年ほど前の縄文時代後期から末期にかけて、特定の有力な父系家系(Founder)が登場し、その子孫が爆発的に増えた「スターバースト状」の拡大を示している。
2. 人口拡大のメカニズム
Chojae氏の論文等でも触れられている通り、単なる自然増だけでなく、以下の要因が推測されている。
寒冷化への適応: 縄文後期の寒冷化により多くの縄文系統が衰退する中、この系統は東日本を中心に生き残り、その後の環境変化に適応したと考えられている。
渡来系集団との共生: 弥生時代に大陸から稲作技術を持ったハプログループO系統が流入した際、このD系統の集団はいち早くそれらの新技術を取り入れ、あるいは渡来系集団と協力的な関係を築くことで、食糧生産基盤を安定させ、人口を増やしたと分析されている。
3. 日本における分布と比率
現在の比率: 現代日本人男性の約30〜35%を占める「D1a2a」の中でも、このCTS8093系統は中核を成す、突出して巨大きなグループである。
地域性: アイヌの人々や沖縄の人々、そして関東・東北地方の本土日本人においても満遍なく高い頻度で見られる。これは、かつての日本建国の基盤となった地域・奈良でこの系統が安定して拡大した名残であったと言える。
4. 2012年論文以降の進展
Chojae氏が2012年に解析した当時はSTR(数値を比較する指標)による推計が主でしたが、その後の次世代シーケンサーを用いた全ゲノム解析により、この系統の分岐時期が「弥生時代直前」に集中していることがより明確になった。つまり、「弥生時代の幕開けとともに爆発的に増えた縄文由来の成功者たち」と言える系統となる。
D1a2a1a2b1a1a(D-CTS8093)は、皇室なのか?
結論から云うと、ハプログループD1a2a1a2b1a1a(D-CTS8093)が「皇室の系統である」という説は、分子人類学の研究者や愛好家の間で有力な仮説として議論され、宮内庁もこれに対して否定をしていない。
この説が語られる背景には、主に以下の理由がある。
1. 皇別氏族や旧皇族のDNA解析結果
FamilyTreeDNAの「Samurai DNA」プロジェクト などの有志による研究プロジェクトにおいて、皇室から臣籍降下した「皇別氏族」の末裔とされる人々や、旧皇族に近い家系のDNAが解析された例がある。その結果、このD-CTS8093系統(あるいはその近縁のD1a2a系統)が多く検出されたことから、「皇室の父系は縄文由来のD系統である」という推測が広まった。
2. 一夫多妻制(多妻婚)による増幅
特定の父系が圧倒的に増える最大の要因として、社会的な地位の高い男性による一夫多妻的な生殖が挙げられる。
遺伝的ボトルネックの打破: 古代から中世にかけて、権力を持つ家系(皇族、有力豪族、のちの武士階級)は、制度として複数の妻や側室を持つことが一般的であった。
生存率の差: 支配層の子供は、庶民に比べて栄養状態や衛生環境が良く、乳幼児死亡率が低かったため、成人してさらに子孫を残す確率が極めて高くなりうる。
指数関数的増加: 一人の有力者が10人の息子を持ち、その息子たちがそれぞれまた複数の子を持つというサイクルが数世代続くだけで、その父系DNA(Y染色体)は集団内で支配的なシェアを占めるようになる。
2. Chojae論文での位置づけ
2012年のChojae氏の論文でも、D1a2a系統(当時はD2と呼ばれていました)の爆発的な人口拡大について分析されている。この系統は紀元前50年頃(弥生時代中期)に急激な拡大(スターバースト)を見せており、この時期がヤマト王権の成立時期や、古墳編年学における神武天皇の実際の活動時期や即位伝承(辛酉年=西暦元年)と重なることから、王権の中核を担った集団の遺伝子ではないかと考察されている。
3. 歴史的背景と「天皇モーダル」
Chojae論文(2012年)が提唱した「天皇モーダル」という概念は、このD-CTS8093系統が日本の統治者層において受け継がれてきた可能性を示唆している。
皇室・豪族の拡大: 古代の天皇や有力豪族(蘇我氏、物部氏、藤原氏など)の多くが多妻制をとっていた事実は、歴史記録(日本書紀、古事記など)からも明らかである。
臣籍降下: 皇子たちが臣下(源氏や平氏など)として地方へ下り、そこでさらに勢力を拡大することで、この特定のY染色体系統が日本全国の武士階級や有力農民層へと広く浸透していった。
D-CTS8093は、日本列島固有の系統(縄文系D1a2aの亜型)の中でも、ある特定の時期(弥生時代末期〜古墳時代頃)から急激に子孫を増やしたことがDNA解析で判明している。
この現象は、特定の父系が短期間に大量の子孫を残す「スターバースト(星形成)的拡大」と呼ばれる。
Samurai DNAプロジェクトなどの研究では、この系統が現代の日本人の多く(特に旧家や名家)に共有されていることが示されている。
3. 「縄文系」の王権という意外性
かつては戦後左翼的歴史観から「天皇家のルーツは大陸から来た渡来系(ハプログループO系統)」とする説が支配的であった。しかし、近年のDNA解析の結果「皇室=D系統(縄文系)」という可能性が浮上し、「日本固有の縄文人が、弥生文化を取り入れて王権を築いた」という意味で、従来の歴史観を覆すものとして注目されている。
D-CTS8093の人口拡大は、単に「長生きし子孫を残した」偶発的な幸運な男性によってではなく、「高い社会階級による一夫多妻制」という社会的レバレッジによって、特定の父系遺伝子が選別的に、かつ爆発的にコピーされ続けた結果であると考えられている。すなわち、「皇室の系統である可能性が非常に高いと目されている、縄文由来の最有力系統」というのが現在のアカデミズムにおける最先端の見解となっている。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます! 