神武天皇の子孫たちのSNP(一塩基多型)D-Z1500、Z1504、CTS8093の分岐年代(Formed)と最近共通祖先年代 (TMRCA)
はじめに 日本人の主要なハプログループの概要から
まずハプログループのおさらい。日本人の男系の系統はざっと以下のようなものがある。(※これ以外にも遼河文明の系統のNや、殷の時代の大陸系のQなどは稀にみられる)
D1a2a (D-M55): 日本特有の系統で、日本人の約3割から4割を占めます。ハプログループD は世界でも日本やチベットなど限られた地域にしか存在せず、「縄文系」の代表的な系統で日本人男性の中で最多の系統。
O1b2 (O-CTS713): 日本人の約3割に見られ、朝鮮半島や満州にも分布。ハプログループO1b2 は弥生時代に稲作と共に大陸からやってきた集団。藤原北家の系統に関連すると考えられている。
O2 (O-M122): 日本人の約2割に見られ、中国(漢民族)や東南アジアで最多の系統であるが、日本では主流の枝は無い。
C1a1 (C-M8): 日本人の数%に見られる非常に古い系統で、日本列島に最初に辿りついた系統と考えられている。(YAP配列を持たない縄文系)
C2 (C-M217): 北方アジアやモンゴルに多い系統で、日本でも数%確認されている。
第1章 D-Z1500の形成
神武天皇の子孫は上記の中で、ハプログループD系統に属し、のちに主流となるD-CTS8093の祖系であるD-Z1500のSNP(変異の痕跡)を持つと考えられている。
神武天皇のY染色体に関連するSNP D-Z1500(別名:D-CTS10511)の分岐年代は、遺伝子解析の研究機関によって若干の変動があるが、主に以下のように考えられている。
分岐年代の推定
●形成年代 (Formed): 約 6,600年前 (95% CI: 7,500 – 5,700 ybp)
●最近共通祖先年代 (TMRCA): 約 4,300年前 (95% CI: 4,900 – 3,700 ybp)
形成年代と最近共通祖年代の違い
遺伝学や系統樹における「形成年代(Formed)」と「最近共通祖先年代(TMRCA)」は、その系統が「いつ生まれたか」と「いつ広まったか」という異なる時間軸を表している。家系図をイメージすると分かりやすいかと思う。
1. 形成年代 (Formed)
その系統を定義する特定の変異(SNP)が最初に現れた時期を指す。
意味: 親の系統から枝分かれし、新しいグループとして「独立した瞬間」を意味する。
例: 「Z1500」という変異が、ある一人の男性に初めて発生した時期が約6,600年前であれば、それが形成年代となる。
2. 最近共通祖先年代 (TMRCA)
その系統に属する現代のすべての人々の共通の祖先が生きていた時期を指す。
意味: そのグループが「子孫を増やし、勢力を拡大し始めた時期」を反映している。
英語: Time to Most Recent Common Ancestor の略です。
例: Z1500を持つ人々が歴史の荒波を越え、現在生き残っている人たちのルーツを辿ると約4,300年前の一人の男性に行き着く、という意味となる。
なぜこの2つに「差」があるのか?
形成年代(6,600年前)からTMRCA(4,300年前)までの約2,300年間の空白は、いわゆる「ボトルネック(瓶の首)」の期間を意味する。
この間、その系統を持つ人は非常に少数で、絶滅寸前だったか、あるいは子孫が一人しか残らないような状況が長く続いたこともあり得る。
TMRCAの時期(6,600年前)に、何らかの理由(権力者となり、一夫多妻で繁栄の基礎を築いたなど)で急激に子孫が増えたため、現代の子孫らから遡るとその地点で合流することになる。
要するに、形成年代は「誕生年代」、TMRCAは「繁栄の始まった年代」を指すと考えて良い。
これらは、分子の変異の速度を推算したものなので、若干の誤差がある。田例えば (95% CI: 7,500 – 5,700 ybp) は何を意味するのかと、疑問に思った方もおられると思う。
(95% CI: 7,500 – 5,700 ybp) という表記は、統計学的な「信頼区間」と、時間軸の単位を組み合わせたものである。
1. 95% CI (95% Confidence Interval)
これは「95%信頼区間」という意味。
遺伝子解析による年代推定は、突然変異が起こる確率に基づいた「計算上の推測」であるため、ピンポイントで「〇年〇月〇日」と断定することはできない。そのため、「統計的に見て、95%の確率でこの範囲(7,500年〜5,700年前)の間にその出来事が収まっている」という、推定の「精度の幅」を示している。
2. 7,500 – 5,700
これが、推定される期間の「幅」となる。
最も古く見積もった場合:7,500年前(鹿児島沖の巨大噴火約7,300年前)
最も新しく見積もった場合:5,700年前
この真ん中あたりの数値(約6,600年前)が、最も可能性が高い「中央値」として扱われている。
3. ybp (Years Before Present)
「現在から遡った年数」という意味。
(※Presentは通常、1950年を基準とする慣習もあるが、現代の遺伝子解析では「解析時点」を基準にすることが多い)
すなわち、神武天皇のSNPの場合、最も古く見積もった場合、約7,500年前から5,700年前に分岐した系統であることが95%の確立でいえる。平均としては、約4,100年前であろう。そして、このSNPを持つ一族が反映の基礎を築いたのは、計算上は約6,600年前と出ているが、誤差を考慮すると7,500年前から5,700年前の間のどこかである確率が95%である」ということを意味している。(※この「幅」が狭ければ狭いほど、多くのサンプルが解析され、年代特定が正確になされていることを示している)
すなわち、神武天皇のSNPを持つ一族は、7,500年前〜5,700年前に歴史的な繁栄の基礎を築いたということになる。この7,500年前に近いのは、ちょうど約7,300年前、鹿児島沖の「鬼界カルデラ」が超巨大噴火を起こし、西日本の縄文文化は絶滅の危機に瀕し東へ移動を開始した頃にあたる。とは言え、ずっと噴火していた訳ではないので、またその後戻ってきた人々もいるだろう。鹿児島県霧島市には、上野原縄文遺跡が残っている。
中央大学と鹿児島県埋蔵文化財センターのチームが遺跡年代を測定した結果、約1万700~1万400年前のものと判明。双子壺などの出土遺物も測定の結果、約8,800~8,550年前と判明した。
第2章 D-Z1504の分岐
そして、このZ1500から、紀元前50年頃にZ1504が分岐する。
Z1504の分岐年代
形成年代 (Formed): 約 2,000年前
FamilyTreeDNA では 紀元前50年頃(約2,070年前)と推定している。
YFull の推定値は約 1,900年前(95% CI: 2,200 – 1,700 ybp)
最近共通祖先年代 (TMRCA): 約 1,900年前
FamilyTreeDNA の最尤推定値は 西暦50年頃(約1,970年前)
YFull では約 1,900年前(95% CI: 2,200 – 1,700 ybp)としている。
系統の特徴と歴史的背景
日本固有の系統: Z1504は、日本人に特有のハプログループD1a2a(縄文系)の主流をなす下位系統の一つ。
弥生時代への移行期: 共通祖先年代である西暦50年頃は、日本史における弥生時代中期から後期で、古墳編年学では第4代懿徳天皇の生まれた頃に相当する。この時期に特定の父系祖先(第3代安寧天皇)に起きた変異の痕跡が子孫に受け継がれたことが示唆される。
分布: このSNPを持つサンプルは、現代の日本列島各地(本州、九州、沖縄など)で広く確認されている。
第3章 D-CTS8093の分岐
Y染色体ハプログループ D-CTS8093 (D1a2a1a2b1a1a) の分岐年代は、YFull や FamilyTreeDNA Discover の最新データに基づき、以下のように推定されている。
分岐年代の推定
形成年代 (Formed): 約 1,900年前
FamilyTreeDNA では、西暦200年頃(約1,800〜1,900年前)と推定されている。
最近共通祖先年代 (TMRCA): 約 1,900年前
YFull のデータ(v12.03)では、形成年代とTMRCAがいずれも約1,900年前と計算されており、この系統が生まれてすぐに急速に拡散した可能性を示唆している。
系統の位置付けと特徴
日本固有の縄文系: 日本人に特有のハプログループD1a2a(D-M55)の主要な下位系統の一つ。
歴史的背景: 推定される西暦200年頃という時期は、日本の歴史区分では弥生時代後期にあたる。これは古墳編年学では第9代開化天皇の誕生年に近い。父である第8代孝元天皇に起きた変異を受け継ぎ、現代の日本列島各地へ広まったと考えられている。
近縁系統: Z1504の直下の関係にあり、日本国内のから多くサンプルが集まっている。
さらにこの系統の下流に、 D-Y317669 や D-CTS4093(共通祖先年代 約1,350〜1,500年前)といった、古墳時代以降のより新しい分岐が連綿とつながっている。古墳時代を超え、この系統が日本最大の繁栄の枝を築き、夥しい子孫を残し現在に至っているのである。
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