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誕生日

8月に誕生日を迎える
また1つ歳を重ねる
毎年誕生日の前日に
母は電話で祝ってくれた
「いくつになるんだっけ?」
「50だよ」
私の年齢は50から増えない
これは
母に倣って、である

10年ほど前
母の誕生日に電話でお祝いの言葉と
「プレゼント届くから楽しみにしててね」
そう言って件の質問をする
「そういや母さんいくつだっけ?」
少し間があり
「ろくじゅうご!!」
「ん??」
2人で大笑い
当時の母の年齢は73歳
「今年も歳は65ね」
「ほうだ、変わらないだよ」
そして
「65すぎたら人は若返ってくるんだから、アンタも早よ65になりぃ!ワハハ」

その年の春
母は長く勤めた仕事を辞めた
まだまだ頑張れる
そう言っていたけれど
「腰が痛い」「膝がしんどい」と
口にするようになり
自分で「働き人」に幕を下ろした
72歳まで良く頑張ったと思う
母の背中は私にとって
いつも最高のお手本だった

3年前の私の誕生日前日
母からの電話がなかった
当日も、その翌日も
こちらから催促の電話をする訳にもいかない
何か気になる...

自分の誕生日の4日後、母に電話をかけた
「母さん?chakoだよ」
「うん」
「暑いね、バテてない?」
「...今ね、忙しいの。仕事行く時間だから切るよ」
仕事??

翌日
母から電話があった
「誕生日だね、おめでとう」
「で、いくつになった」
「今年で50だよ」そう言って笑った
母から返ってきたのは
「ふーん」だった

何かがおかしい

その後の会話は『普通』だった
そして母に聞いた
「このまえ電話した時、仕事に行くって言ってたよね?仕事始めたの?」
「え?母さん仕事は辞めたよ、とっくのとうに」

胸がザワザワした

翌月、有給休暇を数日取得し、母が住む故郷へ車を走らせた
8時間近くかけて実家へ帰った
『ピンポーン』
呼び鈴を鳴らす
出てこない
合鍵で家に入る
母は昼寝をしていた
「母さん?」と声をかける
寝ぼけ眼の母が私を見てギョッとする
「なんで帰ってきたの?」
少々怒ったような口ぶりだった
『母さんが心配で』ではなく
「連休取れたから」そう伝えた

母の晩年は認知症で
ほとんどのことを忘れてしまった
孫たちの名前
X Japanが好きなこと
鰻が大好物だってこと
自身の3人の子供の顔.....

お世話になった施設で
母に最後に会ったのは去年の12月始め
「母さん、寒くなってきたからニット帽作って持ってきたよ」
母に被せる
ニコっと笑って
「暖けぇよ」
か細い声でそう言った
面会時間が終わる前
「来週、また来るね」
そう言って手を握った
握り返す母の手は力強く、暖かかった

8月に誕生日を迎える
また1つ歳を重ねる
「50だよ」
私の年齢は50から増えない
これは
母に倣って、である
でも
電話をくれる母は居ない

涙が溢れる誕生日になるだろうな

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