日本の創薬ベンチャーから大谷翔平が生まれないかと思って米国バイオテックIPOを調べてみた
2025年の東証のIPO数は65社、創薬ベンチャーの上場はゼロでした。米国でもIPO市場は2020年前後のブームから減速していますが、2025年もNASDAQのトラディショナルIPO(通常の新規株式公開)だけで全体で162社、うち創薬ベンチャーは10社でした。
2025年に、どのような創薬ベンチャーがNASDAQでIPOしたのかを整理し、日本の創薬ベンチャーにも同じ道が開けるのかを考えてみます。
中村学
新生キャピタルパートナーズ マネージングパートナー
株式会社FREST、Chordia Therapeutics株式会社、Alphanavi Pharma株式会社、ルクサナバイオテク株式会社の社外取締役
米国のIPOにもいろいろある
米国市場のIPOといっても、いろいろな方法があります。今回は、NASDAQ×トラディショナルIPOにフォーカスして分析しますが、まずは、どういった道筋があるか解説したいと思います。
トラディショナルIPOとは、日本でも行われている通常のIPOのことですが、近時、増加したSPAC、直接上場、リバースマージャーと区別する意味で「トラディショナルIPO」と呼ばれています。少しややこしいので、興味のない方は次の「過去10年の推移」まで飛ばしても大丈夫です。
まず、米国の証券取引所は以下の3つです。
NASDAQ
NYSE(New York Stock Exchange)
NYSE American(旧AMEX)
上場している社数ベースでは、NASDAQ>NYSE>NYSE Americanで、NYSEは成長企業というよりは大企業向け、NYSE Americanは小型株中心で、創薬ベンチャーの主戦場はNASDAQがメインとなります。
上場する方法も以下のようにいくつかの選択肢があります。
IPO
SPAC
直接上場(ダイレクトリスティング)
リバースマージャー
IPOはいわゆる一般的なIPOで、証券会社がアンダーライターとなり、新規上場(IPO)時に資金調達を行います。SPACは、箱として上場してその箱と合併して上場する形式で2020年前後に流行しました。直接上場は、取引所に新規上場時に資金調達を行わずに上場する手法です。リバースマージャーは、上場している会社と合併して上場会社になる手法です。
NASDAQには企業規模に応じて以下の3つの市場区分があります。
NASDAQ Global Select Market
NASDAQ Global Market
NASDAQ Capital Market)
創薬ベンチャーの多くはGlobalまたはCapitalに上場します。
過去10年の米国IPO市場の推移
では実際に、NASDAQの上場社数は過去10年でどう変化してきたのか、創薬ベンチャーはどの程度の存在感を持っているのか見てみます。
過去10年のNASDAQ3市場におけるIPO件数と創薬ベンチャーの割合は以下の通りです。

2021年はSPACが大量にIPOした時期ですが、SPACだけでなく、トラディショナルIPOの数も過去10年で最も大きい293社となっています。また、293社中約4割の109社が創薬ベンチャーのIPOです。
その後、2022年から断続的に行われた利上げの影響もあってか、IPO数は2022年77社、2023年70社と100社を割り込みました。2024年、2025年とIPO数は回復基調にありますが、創薬ベンチャーのIPOは低調なままです。
創薬ベンチャーは、赤字が長く続くビジネスモデルで、企業価値の源泉は数年から10年後に期待される販売開始された医薬品の利益を現在価値に引き直したものと考えることができます。
したがって、他の分野のスタートアップと比較して、将来キャッシュフローの比重が大きいため、金利上昇による割引率の変化が企業価値に与える影響も大きくなります。
インフレ圧力がある現時点では利下げはあまり期待できず、当面は金利環境が重しとなりそうです。
日米IPO数の比較
2025年の米国の創薬ベンチャーのIPO数は過去10年で最少の10社ですが、日本と比較してみると別次元です。過去10年間で日本でIPOした創薬ベンチャーは18社ですが、米国は415社と20倍以上の創薬ベンチャーがIPOしています。

2025年に米国でIPOした企業
2025年にIPOした創薬ベンチャーは、NASDAQの3市場(トラディショナルIPO)が10社、NASDAQ(直接上場)が2社、NYSEが1社、NYSE Americanが2社の合計16社でした。
NASDAQの3市場に上場(トラディショナルIPO)した10社は以下の通りです。

(為替は1ドル=155円で換算)
2025年の1社目のIPOは、中国のAscentage PharmaのADRによるIPOでした。同社は、ミシガン大学のWang教授らが2009年に起業した中国、アメリカ、オーストラリアに拠点を持つバイオテックで、2019年に香港市場で上場しています。本件IPOによって両市場のデュアル上場となります。
本社は中国蘇州のままのようですが、CFOと法務顧問は米国系の人材、取締役会の半分は非中国のメンバーで構成されています。
2社目のMetseraは、流行りの抗肥満薬を開発(第2相)している会社です。2025年2月に1,850百万ドル(2,868億円)でIPOした後に、ファイザーとノボノルディスク双方から買収提案があり、最終的にPfizerが約100億ドル(1兆5500億円)規模の買収提案でMetseraを取得し、2025年11月に買収が完了しています。
報道によれば、2025年9月時点でのPfizerの当初提案は約50億ドル(7,750億円)規模だったとされており、買い手候補の2社が競合したことによって買収額が大幅に引き上げられたことになります。
3社目のMazeは2018年にThird Rock Venturesがカンパニークリエーションで設立した腎臓と循環器の疾患を対象としたバイオテックです。未上場段階でVCから約5億ドル(750億円)を調達して上場時の時価総額が685百万ドル(1062億円)、直近は時価総額が3000億円を超えています。
Sionna Therapeuticsは、2018年にサノフィ出身の研究者が設立。シードラウンドからAtlas Ventureが出資、上場までに330百万ドル(約500億円)を調達し733百万ドル(1136億円)でIPO。現在の株価は約2500億円。
Jyong Biotechは、台湾のバイオテックですが、台湾市場での上場を経ずに、米国NASDAQに直接IPOした事例です。同社は2002年に台湾で設立、米国IPO時に著名なVCも株主に入っていないにも関わらず、1号パイプラインは米国と台湾で第3相まで進んでいます。
これまでの臨床試験の資金はどのように調達してきたのか、なぜ、台湾ではなく米国市場でIPOしたのか、なぜ、台湾企業が米国市場でIPOして1000億円近い時価総額がついたのか、など、いろいろ論点が浮かんできますが、機会があれば掘り下げたいと思います。
Propanc BiopharmaとCuranex Pharmaは、前臨床段階でIPOを果たしていますが、NASDAQ Capital Marketで時価総額も他社よりも小粒となっています。現在の時価総額も数億円で流動性が低下しています。
LB Pharmaは2015年にPrensky氏というファミリーオフィスで投資をしていた非研究者によって創業されたバイオテックです。統合失調症など中枢神経領域の低分子創薬を行っていて、2024年にVCやクロスオーバーファンドから75百万ドル(113億円)を調達して2025年9月に285百万ドル(430億円)でIPOしました。
MapLight Therapeuticsは、2018年にスタンフォード大学の技術を元に創業され中枢神経系の疾患治療薬を開発するバイオテックです。2025年7月にForbion、ゴールドマンサックスなどから372百万ドル(576億円)の資金調達を行い、2025年10月に時価総額704百万ドル(1091億円)でIPOしています。
2025年IPOのポイント
10社を眺めると見えてくる共通点は以下の通りです。
臨床後期(Phase 2〜Phase 3)が事実上の必須条件
前臨床段階でのIPOも成立しないわけではありませんが、上場後に十分な評価がつかず、市場で淘汰されるケースが目立ちます。疾患領域は「大型市場」か「買収されやすい領域」に集中
代謝・腎臓・CNSといった市場規模の大きい領域に加え、導出・M&A需要が特に強いがん領域、比較的小規模な試験で承認までのスピードが速い希少疾患が中心となっています。上場前に数百億円規模の資金調達を終えている企業が多い
IPO前の段階で、すでに開発後期まで進めるだけの資金基盤を確保している点が特徴です。IPOは資金調達の「始まり」ではなく「通過点」
NASDAQ上場は初期企業の資金集めの場というよりも、開発後期に入った企業が次の成長フェーズに進むためのステップになっています。
各社のIPO時と現在の時価総額(円ベース換算)を比較すると以下のようになりました。

(為替は1ドル=155円で換算)
本リストはIPO時期の順に並べているため、上段の企業ほど上場からの経過期間が長く、株価がIPO時から大きく変動しているのは自然な面があります。一方で下段の企業は上場して間もないため、現時点ではIPO時との時価総額の差がまだ小さいケースも多くなっています。
その中でも、10社中6社がIPO時の時価総額を上回っています。特に、上段の2025年前半に上場した4社は、1年以内に1.5倍から最大5倍(Metsera)となっており、市場の期待の大きさがうかがえます。
VCの関与が限定的な企業では株価が伸び悩む例も見られます。著名VCやクロスオーバー投資家が株主に名を連ねること自体が、市場にとって一種の「お墨付き」となるエンドースメント効果を持つ可能性があります。
日本の創薬ベンチャーは米国でIPOできるのか?
2025年も10社中3社の米国以外の企業(中国、台湾、オーストラリア)がNASDAQでIPOしました。1社は既に他の株式市場で上場している会社がADRを使って上場したケース、2社は米国外の創薬ベンチャーが、直接、NASDAQに上場したケースです。
日本の創薬ベンチャーも以下の条件をクリアしていればNASDAQでのIPOも可能でしょう。
米国で臨床開発が第2相から第3相まで進んでいること
グローバル市場で戦えるパイプラインを持つこと
米国特許など知財基盤が盤石であること
経営陣・取締役会が国際水準で資本市場対応できること
米国投資家の支援と導出・M&Aを含む出口戦略が描けていること
また、日本の創薬ベンチャーがIPOするケースは以下の可能性が考えられます。
1. 日本で上場している創薬ベンチャーがNASDAQでもIPOする
2. 日本で未上場の創薬ベンチャーがNASDAQでIPOする
3. 日本の技術、シーズを活用して米国で設立された創薬ベンチャーがNASDAQにIPOする
野球では、1964年に村上雅則選手が初めてMLBのマウンドに立ち、1995年の野茂英雄選手が後続の道を切り開き、大谷翔平選手へとつながりました。サッカーでも、1977年の奥寺康彦選手から始まり、三浦知良選手、中田英寿選手へと系譜が続きます。
過去の日本の創薬ベンチャーの事例では、メディシノバは2006年にNASDAQに上場しており、アールテックウエノの創業者でもある上野隆司博士、久能祐子博士が米国で創業したSucampo Pharmaceuticals は2007年に NASDAQ に IPO、その後、2018年に買収されています。
こうした先駆者に続き、日本発の創薬ベンチャーが米国市場で存在感を示す動きが広がっていくことを後押ししていきたいと思います。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

