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創薬ベンチャーのM&Aは米国では当たり前で日本では例外だ

日本のVCのエグジットは「IPOの1本足打法」。この言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。創薬ベンチャーの世界では、米国と日本でM&Aの状況が大きく異なります。今回は、その背景にあるものや、日米の具体的な事例を比較して、その違いを深掘りしてみたいと思います。


中村学
新生キャピタルパートナーズ マネージングパートナー
株式会社FREST、Chordia Therapeutics株式会社、Alphanavi Pharma株式会社の社外取締役

VCのM&Aエグジットについて

20年以上前にビジネススクールで、「VCのエグジットには、IPOとM&Aの2つがあって、IPOの市場が好調なときはIPOエグジットを選択、M&Aのほうが高く売れるとき(IPO市場が低調なとき)はM&Aエグジットを選択する」と習った記憶があります。

最近、日本でも、IPOしてもなかなか大きな時価総額がつかないこと、東証の市場改革の議論などもあって、日本のベンチャーキャピタル業界でも今まで以上にIPOでのエグジットだけではなくM&Aエグジットを目指す投資機会が増えてきているようですね。

個人的には、創薬ベンチャーの世界では、米国のVCのエグジットは、IPOとM&Aという2択というよりは、「IPOしてM&A」というのが成功パターンなのかなというイメージを持っていたのですが、今回、具体的に深堀してみようと思います。

なお、M&Aとは、Mergers & Acquisitionsで、企業合併および買収という広い概念ですが、創薬ベンチャーサイドと創薬ベンチャーに投資をするVCサイドからすると会社を売却するという見方になるので、トレードセールというほうがしっくりくる気がします。

創薬ベンチャーにとってのライセンスアウトとM&Aの違い

医薬品を患者さんに届けるために、販売承認に向けて開発を進める創薬ベンチャーを「パイプライン型創薬ベンチャー」と呼びます。

パイプライン型創薬ベンチャーは、販売承認を目指すのですが、自力で第3相試験まで終了して販売承認まで開発を進めることは資金的に困難です。

結果として、どこかのタイミングでより大きな資金力のある製薬会社か大手バイオテックに、開発したパイプラインを渡して開発を続けてもらうことになります。この方法は、ラインセンスアウト(導出)とトレードセール(会社売却)の2つです。

ライセンスアウトとは、自社が開発した特許や技術、ノウハウなどの知的財産を他社が利用できるようにすることで、 日本語で言うと「導出」です。創薬ベンチャーはライセンスアウト先から、

1.契約時にもらう一時金
2.契約後のマイルストン達成(次の相の試験に進んだときや承認された時、  承認後の販売が〇億円を超えたときなど)のときにもらうお金
3.販売後のロイヤリティ(承認後の売上の〇%)

を受け取る代わりに、パイプラインをライセンス先に渡します。ライセンス先は、さらに開発を進めて医薬品の販売承認を取り、医薬品の販売の売上が上がれば、その一部をロイヤリティやマイルストンとしてライセンス元の創薬ベンチャーに支払います。

トレードセールの場合は、取引の時点で一定額のお金を受け取り、創薬ベンチャーは会社を売却します。

買い手の製薬会社は、創薬ベンチャーが持つすべてのパイプラインや基盤技術、研究者などの権利を手に入れます。(買収後に特定の目標を達成すると追加の対価が支払われる「アーンアウト」という仕組みもあります)

創薬ベンチャーが持つ複数のパイプラインのうち特定のパイプラインを売却する場合は、売却するパイプラインのみ別会社にして売却する方法も可能です。

売り手、買い手にとって、ライセンスアウトかM&Aかどちらがいいかは、様々な状況によって変化します。

買い手の立場に立ってみると、パイプラインそのものが欲しい場合は、できれば買収先の従業員は必要ないということになりますし、パイプラインだけではなく技術が欲しいということであれば、創薬ベンチャーを会社ごと買収したほうが求めているものが手に入ることになります。

売り手にとっては、優先株式や投資契約にもよりますが、トレードセールよりもライセンスアウトのほうが関係者の合意を取るのが容易です。

また、創薬ベンチャーを立ち上げられた方は自社のパイプラインや技術に対する愛情が深い方が多く、「トレードセールで売却して次に行こう」というメンタリティの方は少なく、トレードセールよりはラインセンスアウトをしてIPOを目指す、会社は売却したくないという方もいらっしゃるでしょう。

米国の創薬ベンチャーのM&A事例

IPOの数は、取引所のサイトにいけばすぐに把握できるのですが、M&Aの数は、正確な数字や情報を把握するのは簡単ではありません。買い手が上場している製薬会社や大手のバイオテックであれば、ニュースリリースから把握はできますが、買収金額が非開示のことも多くあります。

また、非上場の製薬会社やバイオテックが非上場の創薬ベンチャーを買収する際は、プレスリリースがなければM&Aが起こったこと自体が把握できません。そうした制約下で、米国創薬ベンチャーの今年のトレードセールの情報を集めてみました。

2025年1-8月に発表された米国での創薬ベンチャーの買収事例は77件でした。77件のうち、取引金額が開示されている事例は39社でした。39社のうち買収額順にトップ10は以下になります。

2025年1-8月に買収された創薬ベンチャーの買収額ランキング

ランキング上位の1位から4位は、既に上場して医薬品を販売している企業でした。これらは創薬ベンチャーというよりは、すでに事業基盤を持つ製薬会社に近い存在です。

そして、さらに大きなグローバルな製薬会社に買収されたという取引(ディール)でした。7位のCurevecも含めた上場後に買収された5社の買収時のプレミアム(時価の何%高い株価で買収されたか)は、20-40%のレンジでした。

未上場で買収された5社について、もう少し詳しく見ていきましょう。

5位のScorpion Therapeuticsは、2020年にボストンでシリアルアントレプレナーによって設立され、米国VCのAtlas Ventureなどから420百万ドル(約630億円)を調達しています。

3,750億円の一時金というとペプチドリームとネクセラファーマを両方買ってもお釣りがくるくらいの金額ですごいなと思いますが、未上場で630億円の資金調達をして第1/2相試験でいい結果が出ていれば、妥当な金額なのかもしれません。

6位のCapstanは、2021年、In-vivo CAR-T療法(遺伝子編集によって自分自身の免疫細胞を強化する新しい免疫療法)を開発する創薬ベンチャーとしてサンディエゴで設立されました。VCから340百万ドル(510億円)を調達、2025年6月に第1相試験開始とほぼ同時にアッビィに買収されました。

「CAR-Tといえばがん治療」と思ってしまいますが、CAR-TでIn vivo(生体内)で、かつ、自己免疫疾患というのが大きな買収額になった理由でしょうか。

8位のVicebioは、2019年、豪クイーンズランド大学の技術をもとにRSウイルスなどのワクチンを開発するため、ロンドンのバイオテクVCであるMedicxiのカンパニークリエーション​で設立された会社です。

2024年、クロスオーバー投資家であるゴールドマンサックス等が1億ドル投資。1号パイプラインの第1相試験の中間解析結果を受け、​サノフィが買収しました。

9位のIDRxは、2022年にドイツMerckから抗がん剤のパイプラインを導入。

アンドリーセン・ホロウィッツなどから122百万ドル(約183億円)の資金調達を実施。2024年にFIH(First In Human、はじめてヒトに投与)をトリガーに追加で120百万ドル(180億円)を調達。2025年1月に大手製薬のGSKに10億ドル(1500億円)の一時金で買収されました。

「Software is eating the world」で有名なアンドリーセン・ホロウィッツですが、ヘルスケア分野はデジタルヘルスとか遺伝子編集などしかやらないと思っていました。こうしたパイプライン開発の企業にも投資をしているのですね。

10位のSiteOneは、2010年にNav1.8標的の非オピオイド治療薬(疼痛薬、痛み止め)を開発するため、スタンフォード大学を中心に設立されました。

米国でも大きな問題になっているフェンタニルなど、オピオイドの問題は根深いのですが、オピオイドでない痛み止めを作っている会社が大きな金額で買収されたというディールです。

余談ですが、オピオイド関連は、マイケル・キートン主演の『Dopesick』などいくつものドラマや映画があるので、ご興味ある方は、ぜひ、ご覧になってください。

米国の買収事例を見て感じることは、

「未上場段階での資金調達額が日本の常識でいうと桁違いに大きい」
「大きな資金を使っているので設立から臨床試験までの期間が短い」
「エグジットとしての買収額も巨大」

という点で、いかに好循環で資金が回って、さらに大きなディールにつながっているかがわかります。

*円換算額は、2025年9月時点、1ドル=150円で算出

日本の創薬ベンチャーの買収事例

日本の創薬ベンチャーの買収事例を見てみましょう。残念ながら、今年の日本の創薬ベンチャーの買収案件はありません。

ここ5年で見てみると、以下の3例になります。いずれも非上場で50億円から100億円超のトレードセールを達成しており、大成功した事例といえます。(残念ながら我々は関与していません)

一方で、投資家目線でいうと50-100億円でのエグジットであれば、市場環境が悪いとは言っても日本でIPOしてもそれくらいの時価総額はつくので、あえてトレードセールに方針転換しなくてもいいのではというインセンティブが働いてしまいそうです。

200-300億円くらいの買収案件が出てくれば、IPO市場がよければIPO、よくなければM&Aという選択肢ができるようになります。

そうなると、IPOしても高い株価がつかないときは無理にIPOせずにトレードセールを選択するというケースも増えてきて、結果として、高い株価は期待できないが、IPO以外に選択肢がないから小さい時価総額でもIPOするというケースも減っていくと思います。

まとめ

日米の買収事例を比較してみると、その差は歴然としています。日本の創薬ベンチャー業界が次のステージに進むためには、今後、以下の3つの変化が鍵になるかもしれません。

・日本の創薬ベンチャーがグローバルメガファーマに買収される
・未上場の創薬ベンチャーがIPOするよりも高いバリュエーション(200-300億円?)で買収される
・日本の上場している創薬ベンチャーが買収される

いつか日本の創薬ベンチャーが、野球やサッカー選手のように、世界の舞台で華々しく活躍する日を心から楽しみにしています。

編集協力/コルクラボギルド(金子千鶴代・頼母木俊輔)

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