ADHDの父だからこそ、息子に伝えられること。父の生き様を息子の希望へ#10
「父さんと距離を置きたい」
ADHD×双極性障害の息子はそう話すことがあります。
こんにちは。
ADHDの夫と、ADHDと双極性障害を併発した息子を支えて25年。
2児の母(๑˃̵ᴗ˂̵)
はれこ と申します。
お陰様で10本目のnoteを上げることができました!嬉しいです。
今日も笑顔でいられるよう、noteを書きます!
今日は節目を感じるので、
夫と息子のことを書きたいと思います。
最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
息子は時々こう言います。
「早く自立したい」
私は少し複雑な気持ちになります。
もちろん、将来への希望として話している部分もあるのでしょう。
けれど、その言葉の奥には別の意味も含まれているように感じるのです。
「父さんと距離を置きたい」
息子はそう話すことがあります。
発達障害や双極性障害による苦しさを、父親に理解してもらえなかったと感じているのだと思います。
「もっと頑張れ」
「やればできるだろう」
そんな言葉に傷ついてきました。
苦しい時に理解してもらえないことは、とてもつらいことです。ですから私は、息子の気持ちを否定することはできません。
けれど同時に、私は夫の人生も知っています。
夫は決して楽な人生を歩いてきた人ではありません。
息子の診断をきっかけに、夫は自分自身について振り返るようになりました。
夫は息子同様ADHD の診断は受けております。
「もしかしたら自分も双極性障害を併発してたかもしれない」と話すようになったのです。
学校生活で感じていた生きづらさ。
周囲の人と同じようにできない苦しさ。
学習面での困難さ。
気分の波に振り回されながらも、それを誰にも相談できなかった日々。
今ほど発達障害や精神疾患への理解がなかった時代を生きてきました。
だから夫は、自分を追い込みながら前に進むしかなかったのだと思います。
夫も高校時代、学校に通えない時期がありました。
勉強から逃げてた時期も
人と上手く意思疎通がとれない時期も
社会人になって仕事に前向きになれない時期もありました。
そんな時に、お寺に座禅を組みに行ってたのを私は知ってます。
静かに自分を見つめ直すんです。
苦しくても頑張る。
自分の使命を見出す。
つらくても歯を食いしばる。
夫はそうやって10代の頃から生きてきました。
学生の頃は相撲・柔道に励んでました。
心・技・体を大事にしてたと聞いてます。
現在、40代後半ですが今でも体を鍛えてます。
お酒も控え、早寝早起きを毎日してます。
そして、その価値観を息子にも求めてしまいました。
自分が乗り越えてきたのだから、お前も乗り越えられるはずだと。
けれど、息子は夫ではありません。
似た特性を持っていたとしても、同じ人生ではないのです。そのことを夫も少しずつ理解し始めているように感じます。
最近の夫はこう言います。
「高校を卒業できたら十分だよな」
以前の夫からは想像できなかった言葉です。
私はその言葉を聞いた時、胸が熱くなりました。
それは諦めではありませんでした。
息子の現実を受け入れようとする言葉だったからです。
「だけど社会は、出来るか・出来ないかの結果しか見ない時がある。その対策を今のうちから選択できるんだから、息子の人生のつよみにして欲しい。」
夫自身の人生を振り返って、何かを受け入れようとする言葉にも聞こえました。
私は時々考えます。
もし夫が今の時代に生まれていたら、どうだっただろうと。
発達障害や双極性障害への理解があり、必要な支援を受けることができていたら。
自分の苦しさに名前を付けることができていたら。
もっと生きやすかったのかもしれません。
もっと自分を責めずに済んだのかもしれません。
それでも夫は、自分なりの方法で人生を切り開いてきました。
私はそんな夫の強さを尊敬しています。
もちろん、息子が傷ついた事実は消えません。
息子が父親との距離を求める気持ちも理解できます。
けれど私は知っています。
この親子は敵同士ではないということを。
お互いに不器用なだけなのです。
理解されなかった苦しみを抱えてきた父。
理解してほしいと願っている息子。
二人は、とてもよく似ています。
改めてですが
私は、25年前に夫の発達障害を知りました。
途中で息子が産まれ、現在に至るまで発達障害と向き合っております。
気がつけば、息子が
夫と知り合った頃の年齢になろうとしてます。
息子が双極性障害を発症した時に
私は彼の自立に暗雲を覚えました。
ですが、ふと目の前に
それに向き合って乗り越えていてる夫がいることに気がついたんです。
もしかして、夫を通じて経験した25年は
息子のこれからの参考になるのかもしれない
主人は、苦しみながらだったかもしれませんが
大学受験も、大学生活も、一人暮らしも
社員としてフルタイムでの仕事も、管理職も
結婚も、子育ても
この25年間、彼なりにこなしてきたことを私は見てきました。
だから思うんです。
主の生き様は、息子の希望になるかもしれない。
いつか二人が、親子という立場を超えて、同じ疾患を抱える一人の人間同士として、向き合える日が来るのを、静かに待ちたいと思っています。
「父さんと距離を置きたい」
ではなく
「自立して、父に認めて貰いたい」
そう思ってくれたらいいな。
私が支えてきた25年は
色々あったのですが、無駄ではなかったと
自身の承認にもつながりそうです。
父と息子の2人旅⇩noteです。
そうは言っても仲良くやってます。
今日は自宅でnoteを書きました。
目の前には、夫のために作った
“持って行くのを忘れられたお弁当”があります。
注意欠陥障害…
また、お時間のある時に読んで頂けたらうれしいです(๑˃̵ᴗ˂̵)
