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BYDの軽EV「ラッコ」は日本に定着するか 問われるのは価格より「売った後」だ

先日、私のSNSにBYDの軽EV「RACCO(ラッコ)」の広告が急に増え始めた。短い動画で乗り心地や車内の広さを紹介する内容が繰り返し表示される。

ただし、BYDがその日から宣伝を始めたわけではない。広瀬アリスを起用した全国向けCMは7月中旬から放映され、ラッコを詳しく扱うCMも発売日の7月28日から流れている。私のSNSに広告が増えた時期と、会社が広告展開を始めた時期は別である。

7月28日の発売から2週間後、BYDはラッコの累計受注が1000台を超えたと発表した。受注の80%を最上級の「300 Premium」が占めている。価格の安いモデルだけが選ばれているわけではなく、装備を重視する購入者も多いようだ。

一方、全国軽自動車協会連合会などの統計によると、7月の登録台数は125台だった。発売から月末まで4日しかなかったうえ、BYD自身も「大半は販売店向けの試乗車の登録だ」と説明している。つまりこの数字は、実際に家庭で使われ始めた台数を表していない。1000台という受注数も同じで、故障や充電、修理、売却まで含めた評価が出てくるのは、まだ先になる。

SNS広告が目立つようになった背景には、発売直後の注目が一段落したあと、1000台受注という新しい材料が出たこともあるだろう。ただ、SNS広告は閲覧履歴や年齢、居住地域などによって表示が変わる。私の画面に急に増えたことだけで、販売不振や広告費の急増までは判断できない。

私は当初、BYDが欧州で苦戦し、その打開策として日本の軽自動車市場に目をつけたのではないかと考えていた。しかし、数字を調べると、この見方は合わない。

BYDの2026年1〜6月の世界新車販売は180万8511台で、前年同期より16%減った。前年割れは6年ぶりで、販売面で厳しい局面にあることは確かだ。1〜3月の決算でも売上高は前年同期比11.8%減、純利益は55.4%減となっている。

ただし、欧州が落ち込んでいるわけではない。欧州自動車工業会の集計によると、同じ1〜6月にEU、英国、EFTAを合わせたBYDの新車登録台数は17万4144台となり、前年同期より145.5%増えた。

BYDが公表する世界販売と、欧州自動車工業会が集計する新車登録では集計方法が異なるため、単純に足し引きすることはできない。それでも、世界全体で販売が減る一方、欧州では大幅に増えているという方向は明らかである。欧州での増加を、中国国内の減少が上回った結果、世界全体では前年割れとなった。

数字だけの話ではない。2025年9月、私はミラノの中心で、BYDの大きな屋外看板を見た。中国のEVメーカーがこんなところにまで、と思ったのを覚えている。街の広告は、統計より先に来ていた。あのとき看板で見た攻勢が、翌年上半期の145.5%増という数字になって表れた。日本のSNSで私の画面に流れてくる広告と、ミラノの街角の看板は、同じ一つの販売攻勢の両端だ。

したがって、日本の軽自動車参入を「欧州不振の穴埋め」と見るのは合わない。むしろ、日本でブランドの認知を広げ、販売地域を分散するための一手と考える方が自然だ。

日本でのBYDの登録台数も、規模は小さいながら伸びている。2026年上半期は2334台で、前年同期より43.0%増えた。ただし、そのうち1254台はPHEVの「SEALION 6」であり、電気自動車だけが伸びを支えているわけではない。ラッコには、BYDを世界的な不振から救う役割より、日本で販売の足場をつくる役割の方が大きいだろう。

ラッコが注目される理由は、日本の軽自動車規格と生活様式に合わせて設計されている点にある。

テスラが日本で長く伸び悩んだ理由を、車体の大きさだけで説明することはできない。価格、販売方法、サービス網、充電環境など複数の要因がある。それでも、車体サイズが日本での使いやすさに影響したことは否定できない。

たとえばモデルYの車幅は、ミラーを除いて1920ミリある。法規には適合していても、日本の狭い道路や立体駐車場、住宅地の駐車スペースでは扱いにくい。テスラは日本で需要の大きい軽自動車や、背の高い小型車、スライドドア付きの車種を用意してこなかった。

ラッコは、そこを最初から日本仕様に合わせてきた。全長3395ミリ、全幅1475ミリ、全高1800ミリで、軽自動車の規格内に収まる。背の高い車体に両側スライドドアを備え、外観だけを見るとN-BOXやスペーシアなど、日本で売れている軽自動車の形に近い。

価格は214万5000円からで、航続距離はモデルによって210キロまたは320キロとされる。日常の買い物や通勤を中心に使うなら、数字上は十分な性能に見える。

ただし、軽自動車は外寸を規格内に収めるだけでは足りない。日本メーカーは限られた空間の中で、荷室床の高さ、ドア開口部、後席の格納方法、小物収納、ベビーカーや自転車の積みやすさまで細かく改良してきた。

ラッコの荷室容量は、後席使用時で280リットル、後席を倒した状態で最大1372リットルと公表されている。BYDは室内長と室内幅をクラス最大と説明し、収納も30か所設けたとしている。そのため、数値だけで日本の軽自動車より狭いとは言い切れない。

私が気になるのは、カタログ上の広さより、実際に荷物を積み下ろししたときの使いやすさである。N-BOXやスペーシアが長年詰めてきた床の低さ、開口部の形、シートアレンジ、収納の位置まで同じ水準に達しているのか。ここは所有者が日常で使い始めてから評価が定まるだろう。

充電環境にも課題が残る。経済産業省の資料によると、国内の充電設備は2025年3月末時点で約6万8000口あり、そのうち急速充電器は約1万2000口だった。政府は2030年までに30万口へ増やす方針だが、軽EVを日常的に使う場合、重要なのは公共の急速充電器より自宅で充電できるかどうかである。

BYDが公表した初期購入者へのアンケートでは、自宅にEV用充電設備がある人が55.4%、ない人が43.0%だった。最初に購入した層には、すでにEVを受け入れる環境が整った人が多いと考えられる。ここから充電設備を持たない一般家庭へ広げられるかが、次の壁になる。

BYDも対策を始めている。8月7日にはコジマとの協業を発表し、9月下旬から自宅充電設備の現地調査、施工、引き渡しまでを正規ディーラーで受け付ける予定だ。購入者が自分で工事業者を探さなくてよい点は前進だが、サービス開始前なので、費用や工事期間、地域ごとの対応力はまだ評価できない。

数年後にいくらで売れるかも未知数である。ラッコには、5年後の残価を50%に設定した据置型ローンが用意されている。しかし、BYD自身が説明しているように、この50%は契約終了時の中古車価格を保証するものではない。

軽自動車は中古市場が大きく、数年後にいくらで売れるかが新車購入の判断に影響する。ラッコの中古車がどの程度の価格で取引されるか、バッテリーの状態が査定にどう反映されるかは、現時点では誰にも分からない。

その点では、BYDが2024年から認定中古車制度を始め、2026年5月末までに累計受注519台に達していることは一つの材料になる。ただし、ラッコの中古車市場が成立するかどうかは、これから実績を積み上げる必要がある。

最も気になるのはアフターケアである。

ラッコの一般車両保証は6年または15万キロ、バッテリーと高電圧部品は8年または16万キロとなっている。全国70拠点以上の正規ディーラー網を持ち、24時間365日のサポートも掲げている。三菱倉庫との提携により、輸入車両の保管や国内輸送、交換部品の保管と全国配送を行う体制も整えている。

制度を見る限り、保証や部品物流は用意されている。ラッコのタイヤサイズも市販規格の165/65 R15で、特殊な専用品ではない。

それでも、保証年数と実際の修理対応は別の話である。部品が国内倉庫にどの程度保管されるのか、在庫がない場合に中国から何日で届くのか、販売店に修理できる技術者が何人いるのか、地方で故障した車をどこへ運ぶのか。こうした点は保証書だけでは分からない。

日本メーカーの強みは、車が壊れないことだけではない。全国各地に販売店や整備工場があり、部品を長期間供給し、故障した車を一定の時間内に直す仕組みを持っている。ラッコが競う相手は車両そのものだけでなく、この長年積み上げられた仕組みである。

同じ不安は、最近SNSで見かける中国製のオート三輪型車両や小型EVにも感じる。短い動画では乗り心地や珍しいデザインが紹介されているが、私が目にした広告では、販売会社の名前にもなじみがなく、故障時の持ち込み先やバッテリー、タイヤ、交換部品についての説明も見当たらなかった。安くて面白い車でも、販売会社がなくなれば修理も部品調達も難しくなる。

車は購入後に何年も使う。だから、売るときの説明より、売った後の体制の方が重要になる。この問題を考えると、大阪・関西万博などで使われたEVバスの事例を思い出す。

ここで問題になった車両はBYD製ではない。EVモーターズ・ジャパンが中国メーカーから輸入して販売した車両で、万博で使われた大型・小型バスはウィズダム製、大阪市内のオンデマンドバスは愛中和汽車製だった。

国交省の求めで全数点検が行われ、全国317台のうち113台でブレーキホースの損傷などの不具合が確認された。Osaka Metroは購入した190台のバスの使用を断念し、約67億円の特別損失を計上した。EVモーターズ・ジャパンはその後、民事再生手続きに入った。

この事例を「中国製だから危険だった」と単純化するのは適切ではない。Osaka Metroの調査が示した問題は、実績の乏しい事業者から大量の車両を一度に導入し、製造体制や品質管理、保守、部品調達のリスクを十分に検証しなかったことにある。

前に書いたとおり、中国メーカーは開発とモデル更新が速く、その速さが成長を支えてきた。だが速さと、旧型車を長く支える仕組みは別物だ。自動車は買い替え周期が長く、販売会社や車種が変わっても部品を供給し続けなければならない。

BYDは、SNS広告で見かける無名の小型車販売会社とは規模も資金力も違う。日本で乗用車を販売してきた実績があり、正規ディーラー、長期保証、認定中古車、部品物流も整えている。日本専用の軽EVを開発したことからも、短期間で撤退する前提で参入したとは考えにくい。

ただし、日本の軽自動車市場に定着できるかどうかは別である。最初の1000台は、EVへの関心が高く、自宅充電の環境を持つ人を中心に売れる可能性がある。その先で一般家庭へ広がるには、故障時の対応、部品供給、地方のサービス網、中古車価格という不安を一つずつ解消する必要がある。

ラッコが日本で残るか、販売が伸びずに縮小するかを判断するには、受注台数より今後の修理事例を見るべきだろう。購入者が困ったとき、どこへ持ち込み、どのくらい待ち、いくらで直せたのか。その実績が積み上がれば、BYDは日本の軽自動車市場に足場を築ける。反対に、部品待ちや対応の遅れが続けば、車体が日本の規格に合っていても普及は止まる。

結局、購入判断を左右するのは、故障した一台がどこで、どのくらいの期間で直るのかという実績である。

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