「川をきれいにする」のではなく、「川を生き返らせる」という発想
名古屋・新堀川で始まった浄化作戦から考える都市の水辺
名古屋市の新堀川で、新しい浄化プロジェクトが始まりました。
井戸から地下水をくみ上げ、酸素をたっぷり含ませて川底へ送り込むという取り組みです。
一見すると、とても地味な工事に見えます。しかし、この方法にはこれからの都市環境を考える上で大切な考え方が隠されています。
それは、「川をきれいにする」のではなく、「川を生き返らせる」という発想です。
悪臭の原因は「水」ではなく「川底」
新堀川は名古屋港につながる全長約6kmの運河です。
普通の川のように山から水が流れてくるわけではなく、潮の満ち引きの影響を受けるため流れが非常に緩やかです。そのため、長年にわたってヘドロが川底にたまり続けてきました。
夏になると独特の悪臭が発生します。
多くの人は「川の水が汚れているから臭う」と思いがちですが、本当の原因は川底です。
ヘドロの中で酸素がなくなると、嫌気性菌と呼ばれる細菌が活動を始めます。
すると、
硫化水素(腐った卵のような臭い)
アンモニア
メタン
などが発生し、あの独特の悪臭になります。
つまり問題は「汚れ」よりも、「酸素がないこと」なのです。
川底に酸素を届けるという発想
そこで名古屋市が始めたのが、地下水を利用した酸素供給です。
井戸で地下水をくみ上げ、空気に触れさせて酸素を十分に含ませたあと、川底付近へ送り込みます。
表面ではなく、悪臭の発生源であるヘドロの近くへ直接酸素を届ける。
これによって微生物の働きが変わり、ヘドロの分解が進み、悪臭が発生しにくい環境をつくろうというわけです。
これは薬品で臭いを消すのではなく、「臭いが発生しない環境」をつくる根本的な対策です。
「魚を放流すればいいのでは?」という疑問
この話を聞くと、
「魚を放流すればヘドロをきれいにしてくれるのでは?」
と思う人もいるかもしれません。
実は、それだけでは解決しません。
魚は水の中を泳ぎますが、酸素が不足しているヘドロの中へ酸素を運ぶことはできません。
しかも、川底の酸素がほとんどない状態では、魚自身も長く生きられません。
つまり、魚は環境を改善する存在ではなく、環境が改善された結果として戻ってくる存在なのです。
自然浄化には順番がある
では、生き物の力は使えないのでしょうか。
実は、生物による浄化は世界中で活用されています。
例えば、
シジミやカキは水をろ過する
ゴカイやイトミミズはヘドロをかき混ぜる
水草やヨシは光合成で酸素を供給する
こうした生き物は、水辺の環境を維持する重要な役割を担っています。
しかし、酸素がほとんどない場所では、これらの生き物も生きることができません。
だから最初は人の手で環境を整える必要があります。
順番としては、
川底へ酸素を送る
ヘドロの状態が改善する
底生生物が戻る
水質が改善する
魚が自然に戻ってくる
という流れになります。
荒れ果てた畑にいきなり種をまいても育たないように、まず土を整えることが大切なのです。
都市の川は「生き物」でもある
高度経済成長期、日本の都市河川は物流や排水路として利用され、水質は後回しにされてきました。
その結果、「川は臭いもの」「近寄りたくない場所」という印象を持つ人も少なくありません。
しかし近年は、世界中で水辺を都市の魅力として再生する取り組みが進んでいます。
人が集まり、生き物が戻り、街の価値そのものを高める空間として、水辺を見直す時代になってきました。
新堀川も、かつては名古屋の物流を支えた歴史ある運河です。
今回の浄化作戦は、単なる悪臭対策ではありません。
「臭いを消す」のではなく、「臭いが生まれない環境をつくる」。
そのために、まず川底へ酸素を届ける。
派手なニュースではありませんが、こうした地道なインフラ整備こそ、10年後、20年後の街の姿を大きく変えていくのだと思います。
いつか、「昔の新堀川は臭かった」と笑って話せる日が来る。その第一歩が、今始まろうとしています。
