私がビーバーになった日——香港の映画館で気づいた「共存の本質」とPMの仕事
プロローグ|香港の映画館で、ビーバーになった
3月、香港の映画館にいた。
スクリーンに映し出されたのは、人間がビーバーに意識転送されるディズニーの新作「わたしはビーバー(Zootopia+)」——正直、軽い気持ちで入った。アニメだし、可愛い動物が出てくるだろうと思っていた。
でも見終わったとき、頭の中はPMとしての20年間でいっぱいになっていた。
「これは動物の話じゃない。組織と交渉の話だ。」
第1章|あらすじと、最初の感想
(ネタバレあります。苦手な方はご注意ください)
主人公は人間だ。ある日、意識がビーバーの体に転送される。動物の世界には「池のルール」がある。食う・食われるも含めた自然の秩序。人間の価値観——「命は守るべき」「弱者は保護する」——は、その世界では通用しない。
最初に感じたのはこうだ。
「相手の気持ちやルールを理解して、共存していこうというテーマだ。昔はそうやって人と動物、自然、風、水、虫、魚も一緒に暮らしてきた。人が優位ではなく、いろいろな立場の中でルールがあり、うまく共存していく——」
これは正しかった。でも映画はもう一段深いところにあった。
第2章|ズートピアと何が違うのか
ディズニーの動物映画といえばズートピア(2016年)だ。
ズートピアのテーマは「偏見を超えて理解し合う」だった。ウサギとキツネが、種族の壁を越えて友情を育てる。メッセージはシンプルで力強い——「違いを超えて、分かり合える」。
わたビバは違う。
分かり合えない前提で始まる。動物たちは仲良しではない。利害で動いている。捕食もやめない。主人公がどれだけ「一緒に楽しく暮らしたい」と思っても、現実は食われる可能性がある。
ズートピア:理解すれば分かり合える わたビバ:理解しても、利害はぶつかり続ける
PMとして、わたビバの方がリアルだと思った。
第3章|「正しさは立場によって変わる」——フレーミング効果
行動経済学に「フレーミング効果」という概念がある。
同じ現象でも、どういう立場で見るかによって意味が変わる——というものだ。
わたビバはこれを映像で見せてくれる。
人間の立場から見ると「動物が弱者を食べるのは残酷だ」。でも動物の立場から見ると「食べることは生存であり、正義だ」。
どちらが正しいか——という問いは、実は意味がない。正しさは立場によって定義されるからだ。
PMとして20年、この場面に何度も立ち会ってきた。
クライアントは「コストを削減したい」と言う。開発チームは「品質を守りたい」と言う。経営層は「スケジュール通りに進めたい」と言う。全員が「正しい」。でも全員の正しさが同時に成立しない。
これは誰かが間違っているのではない。立場が違うから、フレームが違う。フレームが違うから、正しさが違う。
第4章|共存は「優しさ」ではなく「交渉」だ
映画を見ていて、最も刺さったシーンがある。
主人公が「みんなと仲良く暮らしたい」と思えば思うほど、現実にぶつかる。動物たちは仲良しになってくれない。理想が通用しない。これは「認知的不協和」——理想と現実のズレだ。
PMとして、この感覚を何度も経験してきた。
「このプロジェクトはチーム全員が同じ方向を向けるはずだ」と思って始めたプロジェクトが、利害のぶつかりで空中分解する。「クライアントと開発チームは同じゴールを目指しているはずだ」と思っていたら、全く違うゴールを想像していた——。
映画が教えてくれた答えはこうだ。
共存とは「理解し合って仲良く」ではない。「ルールをすり合わせて衝突を減らす」ことだ。
PMとして「ステークホルダー管理」という仕事がある。その本質は、関係者の利害を把握し、衝突ポイントを特定し、交渉によって折り合いをつけることだ。「全員が仲良くなること」を目指したPMは、必ず消耗する。
第5章|「優しさだけでは世界は回らない」——でも「理解しないともっと壊れる」
映画の本質を一言で言うなら、この2つの命題が同時に成立することだと思う。
「優しさだけでは世界は回らない」 「でも理解しないともっと壊れる」
PMとして、この両立が最も難しい。
優しいPMは消耗する。クライアントの無理な要望を断れず、チームを守れず、自分も守れない。でも冷徹なだけのPMは信頼を失う。交渉だけで動く組織には、誰もついてこない。
ではどうするか。
「理解した上で、線を引く」——これが映画の主人公が最終的に学ぶことだ。
相手のルールを理解する。その上で、自分のルールを守る。これが「共存」の実態だ。
第6章|実務に落とす——PMが「池のルール」をどう使うか
映画を見終わって、私はすぐに実務に置き換えた。
①相手の「池のルール」を言語化する クライアントは何を守ろうとしているか。何を失うのが怖いか。何で評価されているか——これを把握することが、ステークホルダー管理の第一歩だ。
②自分のルールとの衝突ポイントを特定する 感情ではなく「構造」で見る。「あの人は嫌いだ」ではなく「あの人のルールと自分のルールのどこが衝突しているか」を言語化する。
③共存戦略を3択で考える ルールを合わせる、交渉して変える、距離を取る——この3択だけを使う。「全部理解し合う」は幻想だ。選択肢に入れない。
エピローグ|香港の映画館を出て
映画館を出て、香港の夜の街を歩きながら考えた。
ディズニーは最近、動物を擬人化してあらゆる種類の仲間とともに生きていくというテーマを持ち続けている。ズートピアもわたビバも、その流れにある。
でもわたビバは一歩踏み込んでいる。「分かり合えれば解決する」ではなく「分かり合えなくても共存できる」という、より現実に近い世界観を提示している。
ITコンサルとして20年、様々な組織の「池のルール」を見てきた。ルールを理解せずに飛び込んで消耗した人間を何人も見た。ルールを理解した上で線を引いて、長く生き残った人間も見た。
香港の映画館でビーバーになった日、私はPMとして大切なことを改めて確認した。
「正しさは立場によって変わる。だから交渉が必要だ。でも交渉だけでは人はついてこない。だから理解が必要だ。」
次はズートピアをPM論で読み解く。そして香港ディズニーランドの話もいつか書く。
©shiraco|PMPおじさんの実践ノート @NoteCcm42090
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