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ストロービール

2007年 タイ

アユタヤから列車で1時間ほど北上し、ロッブリーという町に向かう。

初めて乗ったタイの鉄道だったけど、車内の人々はびっくりするほど親切だった。僕らが外国人だと分かると席を譲ってくれ、降りる駅を気にして何度も教えてくれる。

「ここはまだロッブリーじゃないよ」
「あと5つ目の駅だよ」

そんなあったかい空気の中で、僕らの正面に座っていたのは、50代ほどに見える夫婦だった。

その夫婦の佇まいは、お世辞にも清潔とは言えなかった。服は全体的に薄汚れ、何日も風呂に入っていない様子。おばちゃんの髪には小さなゴミが絡みついたままだ。
おばちゃんはかなり酔っ払っていて、一人で異様にテンションが高い。ときどき、隣でうっとうしそうな顔をするおじさんの頬に、チュッと音を立ててチューをしていた。

ガタゴトと揺れる車内には、絶え間なく売り子たちが行き交っている。竹籠にバナナの葉を敷き詰め、その上に肉団子や肉まん、ソーセージ、そして何だかよく分からないピンクや黄色のテカテカした謎の食べ物をむき出しのまま積み上げ、埃っぽい通路を何往復もしている。重い容器を抱えたジュース屋も通る。通るたびに少しずつ商品が減っているのを見ると、ちゃんと需要はあるらしい。

やがて車内を巡回してきた売り子から、おばちゃんはビールを一缶買い、ストローを突き刺し、ゴクゴクと飲み始めた。

僕が呆気に取られていると、視線に気づいたおばちゃんは、自分が吸っていたストロー付きの缶をこちらに突き出してきた。

「あんたも飲むか!」

いや、さすがにこれは無理。
他人のストロービールを回し飲みする勇気はなく、僕は引きつった笑顔を浮かべ、丁寧にお断りした。

その後も、おばちゃんは通じもしないタイ語でマシンガンのように話しかけてくる。
バンコクで友人からもらった「指さし会話帳」を開いてみたけど、どうやらおばちゃんは文字が読めないらしく、本は何の役にも立たなかった。
身振り手振りから察するに、どうやら隣にいる僕の妻を指さして「私の娘になりなさい」と言っているようだった。

ふと通路を挟んだ向かいの席を見ると、パリッとしたきれいな服を着た若い家族が座っていた。一歳にも満たない赤ちゃんを抱いている。

おばちゃんは急に目尻を下げ、しきりに愛想を振りまきながら「抱っこさせてー」と両手を伸ばした。

しかし、その家族はおばちゃんを完全に無視した。若い父親に至っては、あからさまに嫌悪感を剥き出しにした顔で視線を逸らしている。おばちゃんの伸ばしていた手が、しばらくの間、宙ぶらりんだった。

やがておばちゃんが立ち上がり、ヨロヨロとトイレへと向かうと、周りは急に静かになった。

車内に残されたおじさんは、おばちゃんの背中を見送っていたが、ふと僕らの方を振り返ると、トイレを指差した。そして、三本の指を立て、自分の顔を叩くジェスチャーをしてみせた。「ぎゃ!」と言うように口を開け、顔をゆがめている。
その後、おじさんは、少し困ったように笑った。その表情が、いつまでも頭から離れなかった。

ロッブリーの駅で降りた時、ホームからおじさんが見えたので手を振ったら、奥からおばちゃんも顔を出し、窓から大きく身を乗り出して手を振ってくれた。

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