人に傷つき、人に救われた

パソコンの前で深く考える。
僕は、合理的に物事を考える癖に、人と人との繋がりもまた大切にする。
少しめんどくさい人間なんだと思う。
人が欲しいのに、一人がいいときもある。都合がよすぎる。

僕は小さなとき、先生から「絆があると人は成長できる」と聞いた。
人が信頼し合って、助け合って生きる。
その言葉を信じて生きてきた
だけど、大人になって見渡した時。そうでない事を知る。

寂しいから来てほしい。
自分を優先してほしい。
離れないでほしい。
自分を必要としてほしい。

会社の書類整備を、僕が引き受けてやることになった時、他の人たちは「本当に助かります。手伝いますから」と言った。でも、実際は誰も手伝いすらしてくれなかった。
でも、僕は怒る事をしなかった。
2年前、僕も同じことをしたから…。
怒りよりも、そういうものなんだろうなという、失望だった。
人と人がいるメリットなんて、本当はない。
何度も頼むぞと、信じようとした絆とやらは、いつの間にか
縋る対象に変わる。

流した涙がその、信じるという気持ちを削いでいく。

でも、我慢しないといけないんだ。
そう思いながら、Instagramの世界に逃げた時だった。

「俺が全部受け止めてやるから言ってみろ」
その言葉が、僕を救ってくれた。
がたいの大きな男性が、ただご飯を食べて語りかけてくる。

心が救われた。
何度も涙を流して、嫌いだったインターネットに
救われた。

動画を見漁った。
砂漠にあるオアシスを探すように。

放たれる一言一言に
一喜一憂し。
そして、美しさとはかなさを感じる。
この人だって、ずっと動画を出してくれるかわからない。

「大丈夫だ。俺は逃げやしねぇよ」
その言葉を信じてみたいと思う。

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