アンサンブル・ノート②
■第2話
○マンション
朝6時40分。机の上にあるスマホのアラームが鳴る。
ベッドから出たスウェット姿の有朋がアラームを消し、遮光カーテンと窓を開け、陽の光と新鮮な空気を浴びながら大きく伸びと深呼吸。
そしてタイスの瞑想曲の楽譜とスマホを持って部屋をでる。
洗面台で顔を洗い、冷蔵庫から麦茶を飲むと、LDKの椅子に座ってタイスの楽譜を読み始める。
8時15分。テーブルの上にあるスマホのアラームが鳴る。
アラームを消し楽譜を寝室の本棚に戻すと、キッチンでテキパキと和朝食を準備。朝食を終え食器を洗い、着替えてバイオリンケースを背負うと、トートバッグを持って玄関へ向かう。玄関にある時計の表示は9時。
有朋は今日も朝のルーティーンをこなし、大学へ向かう。
○滝田音楽大学
実技の授業
有朋はレッスンの最後に先生から新しい練習曲を提案される。候補曲は「プッチーニ / 誰も寝てはならぬ 」「マスネ / タイスの瞑想曲 」「ガーシュイン / サマータイム 」の3曲で、この中から1曲を選んで練習してくるように言われる。
休み時間
有朋が大学の中庭でベンチに座って3曲の楽譜を眺めている。
タイスの瞑想曲は偶然にも今譜読み中の曲だが、男女の愛がテーマの曲を勉強したいと思い読んでいた曲で、今回の3曲もドラマチックな愛のオペラの曲であり、それが自分に弾きこなせるだろうかと迷っていた。そこに将生がやっく来て3曲の楽譜を見ると羨ましがり、どれか弾いてみたいと有朋の隣に座ると一番手前にあったタイスの瞑想曲を何気なく選び、譜めくりを頼むと弾き始める。
有朋の頭の中には譜読みからイメージする音色があったが、将生がそのイメージ通りに演奏したため驚く。周りにいた学生たちも、将生の演奏に足を止め聴き入ったりスマホで動画を撮影。
有朋M「こないだのトレーナー姿の死の舞踏といい、この中庭のタイスといい、将生にはどこで何を弾いても人を引き込む音の魅力がある。すごい、本当にすごいよ、将生」
そう圧倒された有朋は譜めくりの手が遅れ、そこで将生の演奏が止まる。するとギャラリー達から拍手が起こるが、有朋は複雑な気持ちで将生の左指を見ている。
有朋M「その指にはどんな魔法が掛かっているんだ」
オーケストラの授業
バイオリンのセカンドの1番に有朋、ファーストの4番に将生が座り、演奏している。
【曲:ドヴォルザーク / 交響曲第9番 新世界より 第4楽章】
指揮者が演奏を止める。
指揮者「バイオリン。fffでも音が割れないように、弓、意識して下さい」
バイオリンたち「はい!」
指揮者が手を上げ再び演奏が始まる。
将生、聞こえてくるセカンドバイオリン中で、一際しっかりしたひとつの音色に気付き、音の方を見るとそこに有朋。
将生M「すっげーな。一人レベチじゃね? 負けてらんねーな」
将生、一層演奏に熱が入る。有朋は斜め後ろから聴こえるバイオリンが見なくても将生だと分かる。
有朋M「張り切るのはいいけど休符が雑になってきてるって」
指揮者「ファースト! 休符の有り無し、丁寧に意識して!」
将生M「やべやべ」
有朋M「ほらぁ」
オーケストラの授業が終ると、将生が有朋をトゥッティに誘うが、有朋は予定があるからと断り、ホールを出て行ってしまう。
有朋、今の自分の態度を少し反省しながら廊下を歩いていると、松下教授(53)から声を掛けられ、知人の作家がホテルで出版パーティーを行うから、人選して弦楽カルテット(弦カル)のバイトに行って欲しいと頼まれる。有朋は引き受け、とりあえず将生を誘おうと思う。
○トゥッティ
将生が一人カウンターでビールを飲んでいる。
マスターからあのワインを出そうかと言われるが、有朋と一緒じゃないからと断る。将生はビールを飲みながら「俺は入学式で初めて有朋のバイオリンを聴いた時からずっとあいつのバイオリンが大好きなんだ」とマスターに嬉しそうに話すと、マスターは「同じ楽器同士で仲良く居られるのは学生の内だけだ」と伝える。将生は「俺は有朋とずっと一緒にいたいけど」と不思議がる。
そして店のグランドピアノで生演奏が始まる。クールビューティで神秘的な男性から奏でられる音色を聴き、将生は体がしっとりと包み込まれるような不思議な感覚になる。マスターに誰か聞くと「新しくバイトに入った本郷音大ピアノ科3年の羽鳥航(はとりわたる)」と言われ、ピアノを聴いている内にウズウズし始める。
航が【グレンミラー / ムーンライトセレナーデ】を弾いていると、バイオリンの音色が鳴り始めたため音の方を見ると、楽しそうにバイオリンを弾く将生の姿。一瞬驚く航だがすぐに将生に合わせ、2人のセッションが始まる。
○マンション
303号室の防音室。グランドピアノが部屋の半分を占めている。
ピアノの上には候補曲3曲の楽譜。
有朋は譜面台を立て、タイスの瞑想曲の楽譜を置いてバイオリンの演奏を始めるが、大学で聴いた将生の音色を思い出して弓が止まってしまう。再チャレンジするも演奏がギクシャクしてしまい、演奏を諦め、楽譜をサマータイムに変えて弾き始めると、今度は指も弓も動く。次に誰も寝てはならぬに楽譜を変え弾き始めるとこれも演奏出来る。将生はどっと疲れ、タイスの楽譜を見て「どんだけメンタル弱いんだよ」と悔しがる。そして弦カルのバイトの話をふと思い出し、今の自分は将生と一緒でちゃんと弾けるのだろうかと不安になる。
翌日
○滝田音楽大学
練習室で有朋が誰も寝てはならぬを演奏している。
練習室に面する大学の中庭を将生が女生徒と歩いていると、ふと一つの音色が耳に入り、近くのベンチに座り目を閉じその音色に集中してしまう。
女生徒が話しかけても無反応なため、諦めて立ち去る。
そして演奏が止まると、将生も目を開ける。
将生「有朋の奴、なんて演奏なんだよ。まじで寝ちゃダメだと思っちまうじゃん。眠たい座学対策で録音させてもらおうかな」
将生が練習室に向かっていると、スマホにラインが届く。そこには「明日助っ人ギタリストでライブに出て欲しい」とあり、将生は大喜びで有朋がいる部屋へ行き、明日のライブに誘う。
驚く有朋に将生は言笑顔で答える。
将生「俺は音楽家だから、依頼があってステージがあるなら弾くんだよ」
有朋は弦カルのバイトの話が言い出せない。
ライブ当日
○ライブハウス
夜8時10分。キャパ200人程度のライブハウス。
マンションにバイオリンを置いてから来たため遅れてしまった有朋が息を切らして入って来ると、ステージでバンドメンバーと将生がギターでロックを弾いている。絵のようにカッコ良い姿に有朋は「いつの間に練習してたんだよ」と呆れながらも感心して見ていると、バンドの演奏が終わる。
死の舞踏はやらないのかと思っていると、将生がエレキバイオリンを持って再登場し、一人で死の舞踏を弾き始める。その演奏に客席も大盛り上がり。有朋も圧倒される。
将生のステージが終り、疲れ顔の有朋がドリンクコーナーで水を買い飲んでいると、近くに居たグループが「ギターはまだまだだけどめっちゃかっこいい」と将生の話を始める。有朋はつい聞き耳を立てていると、「バイオリンの曲、カッコ良かったけど曲名が分らない」「クラシックじゃない? どこかで聞いたような無いような」と徐々に会話がクラシックの話題になっていく。すると20代に見える女性が酔っぱらって「クラシックなんか別にどうでもいいし」と言い出す。そこから面白半分で作曲家名を言うクイズが始まり「ショパン、モーツアルト、ベートーベン」の3名で終るが、歴代の徳川将軍なら言えるとなり、家康、秀忠、家光…と15代まで言い切って盛り上がる。「じゃぁショパン、モーツァルト、ベートベンの順番は?」となると全員答えられない。そして女性の「クラシックなんかなくても生きていけるし!」と言う言葉に居た堪れなくなった有朋は、会場を出る。
楽屋口でバイオリンケースを背負った将生がビールを飲みながら有朋を待っていると、有朋がやってくる、興奮しながら感想を聞く将生だが、有朋は歯切れが悪い。将生から事情を聞かれ有朋はさっきのグループの会話を伝えると「そんなの分かってることじゃん。俺たちは自分の好きな音楽を楽しんでいる幸せ者なんだから気にする事ねーよ」と一蹴。有朋はギターの腕前はまだ未熟なのになぜライブに参加したのか尋ねる。
将生「重なる音が好きだからさ」
と幸せそうな顔で答える。有朋はその言葉に気持ちを押され、
有朋「弦カルのバイトの話があるんだけど、一緒に出ないか」
と将生に伝える。すると将生は「一緒にやりたい奴がいる!」と有朋をトゥッティに連れて行く。
○トゥッティ
店内で航がピアノを演奏している。
将生に連れられた有朋がトゥッティに到着し、航のピアノを聴く。するとさっきまでの嫌な気分がすっと流されていくのを感じ、航の演奏に聴き入ってしまう。有朋は将生から「航を誘いたい」と言われるが、弦カルにピアノは無いため躊躇する。だが将生は「もし先方からOKが出たら一緒に出ないか」と航を誘ってしまう。航は「OKが出たらいいよ」と引き受ける。
翌日
○滝田音楽大学
有朋と将生が松下教授の部屋にいる。
将生が松下に「弦カルじゃなくてバイオリン2本とピアノで演奏したい」と申し出ると、その編成だと思っていなかった有朋は驚く。
松下がその場で作家に電話で確認をするとOKがもらえ、将生、有朋、航の3名でパーティーの生演奏のバイトに行ける事になる。大喜びの将生だが有朋は「曲は? 楽譜はどうするの?」と焦る。そんな有朋に将生は「そんなの何とかなるだろ。俺たちは音大生なんだから」と嬉しそうに一蹴。
