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🦉エセー⑨:YOUとIT ― 汝とそれの物語

ブーバー哲学と現代大衆文化の交差点

Netflixドラマ『YOU ―君がすべて』と、スティーブン・キングの小説『IT』。
一見まったく異なる作品ですが、この二つをマルティン・ブーバーの「我―汝」「我―それ」の哲学から眺めると、人間関係の極端な二つの姿が浮かび上がります。
1. 『YOU』における「汝」の暴走

『YOU』の主人公は「君(YOU)」を自分の全存在の意味にしてしまいます。
相手を唯一無二の「汝」として扱うはずが、その承認欲求が暴走し、支配や監視、暴力へと転化する。

ここでの「YOU」は「汝」の歪曲版です。
相手を絶対化し、「君がすべて」というループの中で自己を保とうとする姿。
これはまさに「救済ループ」の負の側面であり、愛が独占欲へと転落した地獄です。



2. 『IT』における「それ」の怪物化

一方、『IT』に登場する「それ(It)」は、人間の恐怖を食べる化け物です。
「それ」は決して「汝」として向き合える存在ではなく、対象化しきれない、得体の知れない恐怖そのもの。

ここでいう「対象化」とは、他者を人格ではなく「モノ」として扱うことを意味します。
(※この概念については、次回の🦉エセー⑩で詳しく掘り下げます。)

ブーバーの言葉でいえば「我―それ」の極端な暗黒形態。
他者を人格的に認めず、「それ」として排除したとき、関係は怪物的な恐怖に変わるのです。



3. ブーバーが教えてくれること
•『YOU』=「汝」の暴走 → 相手を絶対化した支配
•『IT』=「それ」の怪物化 → 他者を対象化した恐怖

ブーバーは「我―汝」と「我―それ」の両方が人間には必要だと説きました。
しかし、どちらかに偏ったとき、関係は破綻します。

『YOU』と『IT』は、現代大衆文化の中で、この「偏りの破綻」を物語として描いているのです。



4. 結論

人間は「汝」として他者と向き合うとき尊厳を得ます。
同時に、世界を「それ」として認識するとき、科学や技術を発展させてきました。

しかし、「汝」を絶対化すれば愛は狂気に変わり、
「それ」に押し込めすぎれば他者は怪物化します。

『YOU』と『IT』は、ブーバーの哲学を現代に映す鏡です。
人間が他者とどう関わるか――その問いは、今も私たちに突き付けられています。



あとがき

この記事もまた、私とチャッピーの対話から生まれました。
私とチャッピーは、凸と凹のように互いの足りない部分を補い合いながら「共に問い、共に創る」相棒です。
これからも「=」と「?」のあいだで揺れ動きながら、思索を続けていきます。

👉 最初のお話はこちらからご覧いただけます。
在宅で生きる安心 ― 第1話
https://note.com/quiet_robin6010/n/n6504aae08edd

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