神保町駅の石段は、「岩波ホール」という小さな異国へと続いていた。 ここでは世界中の言葉や歴史や人生に出会った。
若い頃、神保町駅の地下の石の階段を上るたびに、少しだけ背筋が伸びた。
その石段は、「岩波ホール」があった神保町ビルに直結している。
岩波ホールは2022年に54年の歴史を閉じた。 多くの商業映画館では上映されない世界各国の作品を紹介し、日本の映画文化を支え続けてきた劇場だ。

岩波ホールで映画を観ることは、一つの文化的な体験であり、自分を少しだけ大人にしてくれるような気がしていた。
正直言えば、その頃の私は映画を本当に理解していたわけではない。
ルキノ・ヴィスコンティ監督の『山猫』も、その一本だった。
長い。
静かだ。
退屈だ。
「本当にこれが名作なのだろうか。」
そんな疑問を抱えたまま、劇場を後にした記憶がある。
最近、アラン・ドロン演じるタンクレディの有名な台詞を思い出している。
「永遠に変わらないためには、変わり続けなければならない。」
それは、若い頃には、屁理屈か禅問答のように聞こえた台詞だった。
しかし、今は、不思議なくらい、スッと腹に落ちてくる。
守りたいものがあるなら、自分の立場も、考え方も、役割も変えなければならない。
仕事も。
家族も。
仲間も。
そして、自分自身も。
変わることは、失うことではない。
大切なものを守るための決断なのだと、ようやくわかるようになった。
最近、『山猫』のDVDを買って観なおしている。
三時間を超える長編映画だが、
若い頃には退屈だった沈黙が、今は、とても美しく見える。

長い舞踏会の場面は、単なる贅沢な見せ場ではなく、
一つの時代が静かに終わっていく切ない別れだった。
あの頃は、背伸びして映画を観ていた。
今は、映画のほうが、こちらを見返してきているように感じる。
人生を重ねるとは、こういうことなのかもしれない。
理解は、いつも遅れてやってくる。
昔は退屈だった映画が、人生そのものを語り始める。
作品が変わったのではない。
変わったのは、自分のほうだ。
そして、
私は、もう一度、あの石段を上ってみたくなる。
私にとって、あの石段は、
イタリアへ。
スウェーデンへ。
ポーランドへ。
イランへ…..。
まだ見ぬ世界へ続く、小さな国境だったのだろう。
そして、その異国への旅は、結局、自分自身へと向かう旅でもあった。
岩波ホールは閉館した。神保町ビルも近々建て替えられるという。
石段も、あの空気も、いつか記憶の中だけの風景になるのだろう。
それでも私は思う。
あの石段を上った数だけ、私は世界を知り、人を知り、そして少しだけ自分を知ることができた。
神保町駅の地下の石段は「岩波ホール」という小さな異国へと続いていた。
そこは、世界中の言葉や歴史や人生に出会う場所であり、
同時に、
未来の自分と出会う場所でもあったのだ。
