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kamei_kana1223
あかぎれ哀歌(エレジー)〜アラフォー女の指の痛み〜
涼しい季節になった。結構である。
寝苦しい夜とも汗だくの通勤ともおさらば。
——が、アラフォー女にとっては辛い季節でもある。
■早速、指が割れた。“あかぎれ”である。
四十を越えて、肌の油分というやつが減った。
洗い物をすればピキリ、洗濯をすればヒリリ。
仕事で紙をめくれば、また一撃。
紙と指の間に人生の悲鳴が走る。
■風呂上がりにハンドクリームを塗り、薬を重ねて絆創膏を巻く。
——若い肌が懐かしい。
かつては何の手入れもせずに冬を越せた。
洗剤を素手で触ろうが、熱い鍋を持とうが平気だった。あの頃の手は思うに“ゴッドハンド”と呼びたいくらい無敵だった。
■おばあちゃんの手を思い出す。
皺だらけの指に白いテープがいくつも巻かれていた。
けれども、おばあちゃんは決して「痛い」だの「辛い」だのとは言わなかった。
ただ黙って、味噌汁をかき混ぜ、洗濯物を干し、畑を耕していた。
暮らしを営むということは、こういうものなのだろう。
■言葉にならぬ苦労を、当たり前のように抱えて生きること。
誰も知らぬところで、ひび割れを抱えながらも、今日のご飯を支えること。
私の手も、とうとうその域に達したのかもしれない。
痛い。けれど結構である。
なぜなら、この痛みのひとつひとつが、生活の証であり、誰かを生かす温もりの名残だからだ。
と言いつつ、
毎年ドラッグストアで“これは”という薬を物色している。 劇的に効くひび割れの薬を、今年こそ見つけるのだ。
