見出し画像

手足がちぢんだ!?これって老化?

どうも近頃、身体のパーツが勝手に“縮小再編”を始めたらしい。

指輪がゆるくなったような気がした矢先、今度は足の番である。

いや、本当のところは分からない。

だが、通勤靴が“すぽすぽ”と踵を裏切るのである。

私は長年、同じ黒のローファーを買い続けてきた。

色違いでもなければ、微妙にデザインを変えた“新作”にも浮気しない。

これこそ清貧倹約、庶民の誇りである。

ところが、その神聖なる在庫がいま、足元から信頼を崩そうとしているのだ。

23.5センチという、そこそこ標準的な日本女性の足を自負していた。

ところが昨今、踵が脱走を図る。

歩いていると、スポッと踵が抜けて、あわや転倒の危機に陥る。

すんでのところで体勢を維持できるのは、まだ若い証拠だろうと思いたい。

大人になって、まさか靴のサイズが変わろうなどと、夢にも思わなかった。

ひょっとして、老化とは“縮む”ことなのか。
背中が丸くなるとは聞いていたが、つま先まで短くなるなんて…。

買い置きしてしまった新品が二足、箱の中でこちらを見ている。

あれらを履かずして、新しいサイズを買うわけにはいかない。

昭和乙女の倹約精神は、つま先の“詰めもの生活”へと追い込んだ。

考えてみれば普段使いの物こそ、もっと丁寧に選ぶべきである。

毎日履く靴が合わなくなれば、それはもはや生活インフラの崩壊である。

老化よりも恐ろしいのは、私の貧乏性かもしれぬ。


備蓄というのは難しい。

足が縮む未来を誰が予想できただろう。

食料なら賞味期限があるから諦めもつくが、靴に期限はない。

だからこそ油断したのである。

ああ、買い置きもほどほどにしなくては。

人生、思わぬところでサイズ変更を余儀なくされるのである。


いいなと思ったら応援しよう!