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決める人 と する人

私は、従いたいわけじゃない

「支配されたい」と話すと
「つまり、従いたいんだね」と言われることがある

でも、私はそこに
少し違和感がある

従いたい

そう言うと
自分の意思で「従うこと」を選んでいるように聞こえる

私はこの人に従いたい
この人の言うことを聞きたい

そういう気持ちが先にあって
その結果として従う

でも、私が言いたいのは
そういうことではない

主が決める

私は、その決まったことをする

そこに
「従いたいから」という理由はない

主に従っている自分でいたいわけでもない

従順な自分でいたいわけでもない

まして
「ちゃんと従えている」と認めてほしいわけでもない

主が決めたことをする

それが、あたりまえだからする

たとえば
私が何かを望んでいて
それを主に伝えたとしても

主が私の望みとは違うことを決めたなら
私はその決められたことをする

逆に
私が望んでいたことと
主の決めたことが同じだったとしても

それは
私の希望が通ったわけではない

たまたま
同じだっただけ

だから私は
「従いたい」のではない

自分の意思を捨てたいわけでもないし
自分で考えなくなりたいわけでもない

私は私の考えを持っている

ただ
主が決める人で
私は決まったことをする人

その関係が
私にとって自然なのだと思う

だから「従う」という言葉では
どうしても少し違う

私が求めているのは
従うという行為ではなく

主が決め
私がそれをする

その関係そのものなのだと思う

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