玩具視点
主は私を玩具と言った
「だって玩具だよ? 部屋に転がってる存在なわけで」
そう続いたその言葉に、私はとても納得した
まさに主にとって私は、部屋という個人的な主の空間に無造作に転がっている玩具なのだと思う
ペットのように毎日世話をする必要もない
奴隷のように命令を与え続ける必要もない
暇な時、遊びたくなった時、ふと手に取り遊ぶ玩具
壊れたかなと思ったら、叩いて直す
単純なつくりの玩具
そう考えると、「玩具」という言葉が、とても自然に自分の中へ収まった
でも、そのあと少し考えた
玩具の悦びは、遊んでもらうことだ
では、持ち主が部屋へ戻ってきても、手に取ってもらえない日が続いたら
玩具は何を思うのだろう
飽きられたのか
壊れたと思われているのか
それとも、今日は遊ぶ気分ではないだけなのか
玩具には、それを確かめる術がない
ただ部屋にいて、持ち主を見送り、また帰ってくるのを待つ
そして今日も手に取られなければ、玩具はまた考える
昨日と同じ問いを
トイ・ストーリーを思い出す
あの作品の玩具たちは、遊ばれることを悦びにしている
だからこそ、選ばれない時間の長さが、心を少しずつ変えていく
私はロッツォが好きだ
優しいからでも、正しいからでもない
遊ばれなくなった玩具が、何を失い、何を抱えてしまったのか
その姿を知っているからかもしれない
