映画感受性のジェットコースターに乗る
テアトル梅田で映画を3連チャンしてきた。
学生時代なら、そんなことも時々していた。
だが大人になってからは、あえてやめていた。
観た後の余韻に浸る時間が無くなり、映画を観る目的そのものが「本数を競う」みたいに感じてしまったからだ。
ところが先日、久しぶりの平日休みに調子に乗ってしまった。
しかも観たいと思っていた映画たちの上映時間が、まるでバトンリレーのように綺麗につながっていたのだ。
……気が付けば3連チャンしていた。
結論から言えば、後悔しかない。w
それぞれの感想については、また改めて個別に書きたい。
さて、この度のリレー鑑賞は、
「ボタニスト 植物を愛する少年」
↓
「殺し屋1」
↓
「ママと神さまとシルヴィ・バルタン」
という順番。
映画の趣向も国も、全部バラバラな3作品だ。
ただ、「ボタニスト」からの「1」は、やめた方が良かったと思った。w
「1」は昔観た映画なので、言ってしまえば“今じゃなくてもいい映画”。
一方、「ボタニスト」は下手をすると今しか観られないタイプの作品だ。
自然と純真さを静かに見つめる、詩的で美しい映画。
心が洗われるような感覚もあった。
そこからの「1」。
大都会変態殺人映画である。
……まあ、見方は色々ある。
この高低差が凄まじい。
心の整理が全く追いつかない。
ただ、同じように映画をリレー鑑賞している人たちもいて、「世の中には物好きがいるもんだ」と妙に安心もした。
そして、「1」からのおフランス映画「ママと神さまとシルヴィ・バルタン」。
……何だかな〜。
改めて思った。
映画って、「都合」に合わせて観るもんじゃないな、と。
後悔って、時間が経つとまた繰り返してしまうものなのね。
しっかし、「1」はエエな〜。
浅野さん、輝いてた。
