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髭は恋をする。【ショートショート#62】【430字】

 その髭は恋をしていた。初めての美容院で担当になった女性にひとめぼれをしていた。

 洗髪中に主の目を盗んで、こっそり話しかけてみた。

 彼女は髭に笑いかけてくれた。またここで逢いたい、と髭は切に願った。

 だが、主の一言がその願いを砕いた。

「美容師さん、この髭を全部剃ってくれ」

 髭の主は漫画家で、髭は作家のトレードマークであった。

「僕の連載の打ち切りが今日決まってね。気分を変えたいんだ」

「『恋するビアードパパ』終わっちゃうんですか!? 私、小学生の頃からファンでした……」

(なぁ君、助けてくれ。剃られたくないんだ)

 髭はヒソヒソと声をかけた。

(ダメよ、仕事だもの)

(髭をそのままにするよう説得してくれ)

(でも……。わかった、やってみるわ)

「お客様。そのお髭、本当に剃ってしまうんですか。私、先生のあの姿が好きだったのに」

「すまんな」

「私、ファンやめてしまうかも……」

「……わかった。今日はこのままにしておこう」

 髭は胸を撫でおろした。

 

「……変な店だったな。あとで永久脱毛の予約しとこう」






【ご報告】

ナレーター・朗読家の吉史あん様に拙作を動画にしていただきました。ぜひ、こちらの記事もご覧ください!


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