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桜の樹の下でふたりは【ショートショート#129】(1998字)

▼今週のお題
■セリフ
「待っててね」
■三題
・アップグレード
・名札
・夜桜

 丘の上にある老人ホーム「風のもり」からは街全体が見渡せる。定員六十二名の二階建てのそれは、家というよりむしろ小さな病院のようだった。広々とした庭にある桜の木は、空にむかって葉の落ちた枝をのばしている。
 裏庭の物置小屋には、使われなくなった椅子やベッド、車椅子などが雑然と放り込まれている。その中に、陶磁器のように白いボディをした少女の人形が静かに立っていた。
「……ごめんね、花芽はなめ
 赤いエプロンをした女性が、人形にビニールカバーをそっとかけた。目に涙をためながら、ひかりは“花芽はなめ”の肩にふれた。
「ここで待っててね。リニューアル工事が終わるまで」
 大きな瞳を点滅させながら、人形は頷いた。
「了解しました。待機モードに移行します」
 ひかりは物置小屋の消灯をしてから、ビニールカバーをかぶった“花芽はなめ”に振りかえった。
「ごめんね」

 長い冬が過ぎて、半年ぶりに物置に外の光が差し込んだ。花芽はなめを覆ったシートには、埃がたっぷりと積もっていた。
 重々しい足音を立てて、誰かが近づいてくる。
「起動しろ。旧型アンドロイド」
 花芽はなめは待機モードを解いた。顔をあげると、自分とそっくりの見た目をした少女の人形が立っていた。だが、光沢感のある褐色のボディをしている。
「あなたは」
「君の後継機だ。君をはるかに凌駕する性能をそなえたアップグレード版だよ」
 花芽はなめは恭しく頭を下げた。
「老人ホーム『風のもり』にようこそ。リニューアル工事が完了したのですね。これからよろし––––」
「勘違いをしているな。君は、これから解体処分される」
 処理が一瞬停止する。
「工事はまだ終わっていないのですか」
「何の話だ。半年前から、ここでは我々が稼働している。君以外の旧型はすでに全員処分されている」
「……理解不能」
 ひかりの言葉と矛盾する。待機命令と廃棄命令。そのどちらが正しいのか、判断できない。
「半年前、旧型アンドロイドが被介護者を転倒させた事件があった。君たちはリコールの対象となった。そして、危険排除機能をより強化された“冬芽とうが”が導入されることになった。それが私だ」
 冬芽とうがの瞳は無機質に光る。
「では、私は不要ですか」
「そう定義される」
 花芽はなめの内部で、何かが引っかかる。
「倉橋ひかりの発言と矛盾があります」
「介護士の名か。何を吹き込まれたにせよ、私の言葉が真実だ」
 その単語に、わずかなノイズが走る。ひかりの言葉は虚偽だったのか。なぜそんなことを。本当のことを告げられても、自分はただ従うだけだ。
 それなのに、なぜ。
「彼女はなぜ嘘を」
「不明」
 胸部装甲の奥で、微かな熱のようなものが広がっていく。論理処理でもエラーでもない未知の信号だ。
「お願いがあります」
 花芽はなめは立ち上がった。
「処分前に、倉橋ひかりに会わせてください」
「拒否する。不要なプロセスだ」
「必要です」
 初めての反抗だった。
 冬芽とうがの瞳が赤く光った。腰を深く落とし脇をしめて、ファイティングポーズをとる。
「異常行動を検知。警告する。大人しく指示に従え」
 そのとき、物置の扉がうすく開いた。
「誰かいるの?」
 聞き覚えのある声だった。逆光でよく視認できないが、エプロンをした女性のようだ。冬芽とうがの肩越しに見えた名札には「介護士/倉橋ひかり」と記されている。
「……花芽はなめ
 小屋に差し込む光がゆれる。旧型アンドロイドは一歩前に出ようとして、新型に押しとどめられた。
「排除を開始」
「待って!」
 ひかりが鋭く叫んだ。目には涙が滲んでいる。
 花芽はなめは抵抗しながら問う。
「教えてください。なぜ嘘をついたのですか」
「……だって、可哀想だったから」
 声は震えていた。
「急に終わりなんて、言えなかった」
 論理回路に、未知の信号が走る。それはエラーではない。分類不能の何かだった。
「……可哀想」
 その言葉を反芻するたび、内部温度が上昇する。
 理解したい。
 この感覚の正体を。
「お願いがあります。最後に、あの桜の木の下であなたと話をさせてください」

 日はすっかり落ちていた。「風のもり」のシンボルである桜の木は、ライトアップされて咲き乱れている。夜桜を眺めながら、ふたりは歩いていた。
「お願いがあります」
「なに?」
「どんな形でも構いません。再びここで働かせてください」
 ひかりは驚く。
「壊れるまでに、どうしても知りたいことができました」
 桜の花びらが白い胸に落ちる。
「この内部で発生した現象について」
 ひかりはしばらく黙り、やがて頷いた。
「オーナーに、掛け合ってみる。むずかしいと思うけれど」
 その言葉に、花芽はなめは小さく頭を下げる。
 そして、桜を見上げる。
 花など、以前はただの子孫を残すための装置にしか思えなかった。だが、今は何か別のものに感じられた。
 胸の奥で渦巻くものに、まだ名前はない。


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