育てよカメ!【ショートショート#124】(1800字)
■セリフ
「あれ?亀?」
■三題
・観覧車
・靴下
・マシュマロ
桜がとうに散った四月末に転校生がやってきた。担任の柳田が気怠そうに黒板に名前を書く。その瞬間、教室にどよめきが起こった。
「えー、六年二組の諸君。彼は浦島太郎君だ。みんな仲良くしてあげるように……」
彼はぺこりと頭を下げて自己紹介を始めた。名前以外は特に変わった所のない普通の男の子だ。私は少し落胆しつつ、隣の席に座った彼に軽く会釈をした。浦島君は微笑む。
だが、違和感があった。浦島君が黒光りするランドセルから、教科書と文房具ではない何かをこっそり机の中に忍ばせたのを目撃したのだ。布に包まれたそれは微かに蠢いた。
まさか、生き物? そう思っただけで血の気が引くのを感じた。カブトムシなどの虫も嫌いだが、最悪なのは爬虫類である。カエルやトカゲなどは見るだけで失神しそうになる。
「あれ? 亀?」
昼休み、私の箸から弁当の唐揚げがぽとりと落ちた。隣の浦島君が靴下の中から小さな亀を取り出したのだ。手のひらに収まるほどの大きさのそれは、甲羅から頭をぬっと出す。
「あっ」
「あっ」
浦島君と目が合った。彼はすぐに亀を靴下に戻して、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「ひみつにして」と言った。くらくらする頭を抑えながら、私は頷いた。
放課後、職員室の入口で懇意にしている遠藤先生に柳田を呼び出してもらった。正直、私は柳田が好きではない。態度はぶっきらぼうだし、髪はボサボサだし、オタクっぽい。
「何だ清水か。どうした」
「席替えしてください」
前置きなしに私は言った。柳田は訝しそうな目をして理由を尋ねる。けど、例の亀のことを口にしようとして私は言い淀む。「ひみつにして」という浦島君の言葉を思い出す。
「まぁこっちに来い」
柳田の机に案内される。意外にもデスクの上は整頓されていた。だが、色鮮やかなトカゲやカメレオンのフィギュアが飾られているのを見て、立ち眩みがした。やっぱオタク。
「正当な理由もなしに席替えはできないぞ」
「はい……」
赤いランドセルを背負ってとぼとぼと校門を出ようとしていたら、誰かに手招きされた。浦島太郎である。人気のない校舎裏に引っ張り込まれた。彼は靴下から例の亀を出した。
「こいつ、可愛いでしょ?」
「う、うん。でも、学校にペットを連れて来ちゃ駄目でしょ」
「分かってる。だけど、こいつとずっと一緒にいたいんだ。だから誰にも言わないでよ」
「いや、でも……」
「僕、ここに転校する前は海辺の町にいたんだ。こいつは浜で悪ガキに虐められてた所を助けたんだ」
浦島君はポケットからマシュマロを一つ出して、亀の鼻先に持っていく。亀はその白くて柔らかい菓子にぱくりと喰いついた。またたくまにマシュマロが胃袋に収まっていく。
「こいつ、変わった奴でさ。普通のエサには見向きもしないんだ」
「へ、へぇ。それにしても、何か今朝より大きくなってない?」
浦島君はペットを靴下に戻そうとしているが、うまく収まらずに手こずっていた。明らかに一回りほど成長している。彼は諦めてコンビニのビニール袋に亀を入れた。
「そう。もっと大きくなったら、こいつの背に乗って竜宮城に連れて行ってもらうんだ!」
巨大化した亀を想像して私は吐きそうになった。彼と話していても埒が明かない。
翌朝、始業前に柳田のもとを訪れた。もちろん、例の件をチクるためである。なんとしても席を替えてもらわねばならない。小学校卒業を前にして不登校になってしまう。
「亀ぇ? どういうんだ? 特徴は?」
私は見た目やその偏食ぶりや異常な成長速度などを柳田に報告する。最初眠そうだった目が話を聞くにつれ見開かれていく。柳田は、机上の生物図鑑のページを急いでめくった。
「そんな種類の亀、聞いたことねぇぞ。まさか新種じゃないのか」
「あ、あの席替えは」
「清水、放課後に浦島と一緒に理科準備室に来い。その亀専用の水槽を用意しておく」
柳田がなかば私物化している準備室には、様々な種類の爬虫類が飼育されていた。私は薄目でそれらの横を通り過ぎ、奥の一番大きな水槽に辿りつく。
「浦島の亀は、授業中ここで管理しておく。清水もそれなら納得だろ?」
私は渋々頷いた。浦島君は柳田の設備に感心している様子。私をよそに爬虫類トークを始めたふたりを置いて、水槽に鎮座ましましている亀をぼんやり眺めた。
「昨日よりさらにデカくなってない?」
マシュマロやクッキーやチョコレートを次々平らげて浦島太郎の亀は満足そうにあくびをした。
