ハクキンカイロ【ショートショート#122】(1500字)
■セリフ
「なんで今日なんだろうね」
■三題
・カイロ
・確定申告
・始発
「お届け物でーす!」
雄馬は、段ボール箱の中から食器類を出す手を止めた。周りは開けていない荷物でいっぱいだ。
「こちらに判子かサインをお願いします」
「ども」
受けとった荷物を開けると、きれいにラッピングされた小さな箱が出てきた。箱に添えられたカードには「大切な記念日に」と手書きでメッセージが書かれていた。
だが、雄馬の誕生日はまだ先である。
「何で今日なんだろうね」
荷ほどきが終わっていないことに気づき、雄馬は謎のプレゼントを放りだした。
雄馬が引っ越してきた「ラ・モンターニュ」は、築三十年・家賃四万円の安アパートだ。でも、転職先の会社から近いし、周りも落ち着いた住宅街だし、管理人もいい人だ。
引っ越し作業が一通りおわった頃には夜になっていた。カップラーメンの夕食を済ますと、雄馬はさっきの届け物が気になって、手元に引き寄せた。
ラッピングを剥がす。中から不思議なものが出てきた。
「ハクキンカイロ……?」
ジッポライターを二回り大きくしたような真鍮のボディ。箱の説明を読むと、ベンジンを入れて使う昔のカイロのようだった。
––––今年こそ、一緒に山に登りましょう。愛をこめて。正樹より。
同封された手紙を読みながら、雄馬は頭をかいた。どうやら前の住人に贈られたプレゼントだったらしい。しかも、男性から女性への贈り物のようだ。
翌日。雄馬はそのカイロを手に、一階の管理人の部屋を訪ねた。
「中村くん、何かあったの?」
六十代と思わしき管理人の女性が、穏やかに言った。事情をすぐに呑み込んだ彼女は、すぐに入居者の台帳を取りに行った。
紙を指でめくりながら、眉をハの字に寄せて言った。
「おかしいわね。その部屋は、もう何年も借り手がいなかったのよ」
「へぇ? でも、他の部屋は満室ですよね」
「そう。不思議なことにね」
彼女は、目当てのページを見つけるなり声を上げた。
「あった、あった。十年前。五十代の夫婦だったわ。子どもがいなかったけど、とても仲が良さそうだった」
だが、雄馬の中で疑問が膨らんでいく。十年前に住んでいた人物に、今プレゼントが贈られてきた。一体、なぜ……。
「連絡がつくかは分からないけど、一応問い合わせてみる。そのカイロも預かっておくわね」
雄馬はその夜、眠れずにいた。今、自分が寝ている場所で、かつて暮らしていた夫婦について想いをめぐらせてしまう。
だが、記念日とは何だろう。誕生日なら、直接渡せばいい。結婚記念日だとしても同じだ。なぜ正樹は、未来の妻に贈り物をしたのだろう。十年後も同じ部屋に住んでいるとは限らないのに……。
ふと、雄馬は起き上がって、はじめから部屋に据えつけられていた和箪笥の引き出しを開けてみた。何かヒントが残されていないかと思ったのだ。
一番下の引き出しの奥。そこに、古い箱があった。
中には、黄ばんだ写真が数枚、それに山登りのおみやげのテナントが何枚も収まっていた。写真には、雪山をバックにこちらに笑いかける男性の姿が写っていた。おそらく五十代くらい。
同じ頃、一階の管理人室では、真知子がダイニングテーブルに座って、昔の新聞記事の切り抜きをじっと眺めていた。
【北アルプスの剱岳で雪崩。登頂中の男性(51)が巻き込まれ滑落死】
彼女は、テーブルに置いた真鍮のカイロをそっと撫でた。
そう、彼が生きていれば昨日は銀婚式のはずだった。十年後の妻にプレゼントを贈るとは、いたずら好きの彼らしいと真知子は思った。
真知子は両親から「ラ・モンターニュ」の管理人業を受け継いだ。だから、自分に万が一のことがあっても、必ずここに届くと思ったのだろう。
真知子はベンジンをカイロに入れる。ライターで火口を炙った。カイロはゆっくりと温まっていく。正樹の手のぬくもりを思い出した。
