日本国憲法【第11回】権力分立と国会 ――「国家という巨大なシステム」の設計図【全15回】
【第11回】権力分立と国会 ――「国家という巨大なシステム」の設計図
全10回にわたりお送りしてきた「第2部:基本的人権の保障」の講義、本当にお疲れ様でした。私たちが生まれながらにして持っている「自由」と「権利」のカタログを、様々な角度から学んできました。
今回から、講義はいよいよ最終章「第3部:統治機構と憲法の未来」へと入ります。 「統治機構(とうちきこう)」とは、国会、内閣、裁判所といった「国家の仕組み」のことです。人権の学びに比べると、少しお堅いシステムの話に思えるかもしれません。しかし、憲法において「人権」と「統治機構」は、車の両輪です。
人権は「目的」であり、統治機構はそれを守るための「手段」です。 どれほど美しい人権のカタログがあっても、国家権力が一つの機関に集中して独裁が起きれば、人権は一瞬で紙切れになります。権力が暴走しないように、国家の仕組みそのものを「安全に設計」しておくこと。これが統治機構を学ぶ最大の理由です。
第11回は、そのシステムの根幹である「権力分立(三権分立)」のメカニズムと、国民の代表機関である「国会」の地位と役割について解き明かしていきます。
1. 三権分立の仕組みと目的 ――権力を切り刻んで「均衡」させる
「権力を持つ者は必ずそれを濫用する。これは万古不易(ばんこふえき)の経験である。(中略)権力の濫用を防ぐためには、事物の性質上、権力が権力を抑止するようにしなければならない」 ―― モンテスキュー『法の精神』より
18世紀のフランスの思想家モンテスキューのこの言葉は、近代国家の設計図の土台となりました。これが「権力分立(三権分立)」の思想です。
国家の権力(国家が国民に対して強制力を行使する力)を一つの機関や一人の人間に集中させると、必ず腐敗し、国民の自由が奪われます。そこで、国家の権力を性質に応じて3つに切り分け、それぞれを別々の独立した機関に担当させました。
立法権(ルールを作る権力):国会
行政権(ルールに従って政治を行う権力):内閣
司法権(ルール違反を裁く権力):裁判所
「抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)」
権力を3つに分けただけでは不十分です。それぞれが暴走しないように、お互いがお互いを監視し、牽制し合う仕組みが組み込まれています。これを「抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)」と呼びます。
例えば、以下のような牽制の矢印が張り巡らされています。
国会 → 内閣:内閣総理大臣を指名する。内閣不信任決議を出して内閣を倒すことができる。
内閣 → 国会:衆議院を解散して、国会議員のクビを切ることができる。
裁判所 → 国会・内閣:作られた法律や行政の行為が憲法違反でないかを審査する(違憲審査権)。
国会 → 裁判所:悪いことをした裁判官を辞めさせるための裁判(弾劾裁判)を行う。
日本国憲法は、この精緻なバランスの上に成り立っているのです。
2. 国会の地位と組織 ――なぜ「最高機関」と呼ばれるのか?
ここからは、三権のうちの「立法権」を担当する国会にフォーカスします。 憲法第41条は、国会の地位について非常に重要な2つの宣言をしています。
日本国憲法 第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
① 「国権の最高機関」の意味(政治的美称説)
「最高機関」という言葉を見ると、「国会が、内閣や裁判所よりも一番偉い(法的に優位に立っている)」ように思えます。しかし、先ほど「三権分立は対等なバランスだ」と学んだばかりです。矛盾していますよね。
実は憲法学の通説では、この「最高機関」という言葉は、法的に国会が一番偉いという意味ではなく、「政治的美称(せいじてきびしょう:政治的な美しい褒め言葉)」に過ぎないと解釈されています。 国会は、主権者である国民が選挙で直接選んだ代表者(国会議員)が集まる場所です。だからこそ、「国民の意思を最も直接的に反映する極めて重要な機関である」という政治的なリスペクトを込めて、あえて「最高」という言葉で飾っているのだ、と考えるのです。
② 「国の唯一の立法機関」の意味と例外
国会は、国レベルの「法律」を作る(立法)ことができる「唯一」の機関です。これには2つの意味が含まれています。
国会中心立法の原則:国会「以外」の機関は、原則として法律を作ってはならない。(※例外:内閣が作る政令、最高裁判所が作る規則、地方公共団体が作る条例など)
国会単独立法の原則:国会が法律を作る際、国会「以外」の機関の承認や許可を必要としてはならない。(※例外:一つの地方公共団体だけに適用される特別法を作る場合、その地域の住民投票で過半数の同意が必要<第95条>)
このように、いくつかの例外はあるものの、私たちの権利を制限したり義務を課したりする「法律」を作れるのは、原則として私たちが選挙で選んだ国会だけです。
衆議院と参議院(二院制)の役割
国会は、衆議院(しゅうぎいん)と参議院(さんぎいん)の2つの議院で構成されます(第42条:二院制)。なぜ、わざわざ時間とコストをかけて2つの議院を作っているのでしょうか。それは、一つの議院が暴走したり、間違った判断をしたりした時に、もう一つの議院が冷静にチェックし直すためです。
衆議院:任期が4年で、途中で「解散」があります。国民の「今の気分(最新の民意)」をダイレクトに反映しやすいのが特徴です。
参議院:任期が6年で、解散がありません。3年ごとに半数ずつ改選されます。解散の恐怖に怯えることなく、長期的な視野で冷静な議論を行うことが期待されています(「理性の府」と呼ばれます)。
両院の意見が対立した場合、最新の民意を反映している「衆議院の優越」が認められています。法律案の再可決、予算の議決、条約の承認、内閣総理大臣の指名など、重要な局面では最終的に衆議院の意思が優先される仕組みになっています。
3. 立法の手続と「国政調査権」
では、国会ではどのようにして法律が作られ、また、行政をどのように監視しているのでしょうか。
委員会中心主義と立法手続
テレビの国会中継で、全議員が集まる広い議場(本会議)を見たことがあると思います。しかし、実際の法律の細かい議論は、そこでは行われていません。 国会には「予算委員会」や「法務委員会」など、分野ごとに分かれた少人数の「委員会」が設置されています。法律案(法案)が提出されると、まずは専門の委員会で徹底的に審査され、そこで可決されたものだけが本会議に送られます。これを「委員会中心主義」と呼びます。現代の複雑な社会問題に対応するため、専門的な議論を効率的に行うための知恵です。
ちなみに、日本の国会で成立する法律の約8割は、国会議員ではなく「内閣」が提出した法案(閣法:各省庁の官僚が作成を主導するもの)です。議員自身が作る法律(議員立法)が少ないことは、日本の立法過程の一つの特徴(課題)でもあります。
国政調査権(第62条) ――最強の監視ツール
国会は法律を作るだけではありません。行政(内閣や官僚)が、国民のためにお金を正しく使い、法律を適切に執行しているかを監視する強力な権限を持っています。それが「国政調査権(こくせいちょうさけん)」です。
日本国憲法 第62条 両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。
何か国政を揺るがすような不祥事や疑惑が起きたとき、衆議院や参議院は、関係者を国会に呼び出して証言させたり(証人喚問)、政府に裏資料の提出を要求したりすることができます。証人喚問で嘘をついたり(偽証)、正当な理由なく証言を拒否したりすると、刑罰に処されます。 国政調査権は、主権者である国民に代わって、国家のブラックボックスに光を当てるための「最強の監視ツール」なのです。
ただし、この権限にも限界があります。例えば、裁判所で現在進行形で裁かれている事件(係争中の事件)について、「その裁判の結論を変えさせる目的」で国政調査権を発動することは、司法権の独立を侵すため許されないとされています。ここでも三権分立のバランスが働いています。
第11回のまとめ
本日の講義の重要ポイントを振り返ります。
三権分立とチェック・アンド・バランス:国家権力を立法(国会)・行政(内閣)・司法(裁判所)に分け、互いに抑制と均衡を保つことで権力の濫用を防ぐシステム。
国会の地位(第41条):国会は「国権の最高機関(政治的美称)」であり、「唯一の立法機関(原則として国会だけが法律を作る)」である。
二院制と衆議院の優越:衆参両院で慎重な審議を行う一方、民意をより強く反映する衆議院に優越的な権限が与えられている。
国政調査権(第62条):各議院が持つ、証人の出頭や記録の提出を要求できる強力な権限。行政の監視や新たな立法の準備のために用いられる。
私たちが選挙で投じる一票は、ただ「応援する人を選ぶ」ためのものではありません。この巨大な国家権力システムを動かし、権力を牽制するための最初の「スイッチ」を入れる行為なのです。
次回、第12回は、国の予算を握り、実際に社会を動かしている巨大なエンジン「内閣と行政権」について学びます。議院内閣制のメカニズムと、現代における「行政の肥大化」という問題について考えていきましょう。
【修了試験】(第11回 復習問題・全5問)
本日の講義内容を定着させるための修了試験です。国会の地位に関する憲法上の解釈や、三権分立の矢印の関係性は、公務員試験等でも頻出のテーマです。
【問題1】 国家権力を立法、行政、司法の3つに分け、それぞれを独立した機関に担当させることで権力の濫用を防ぐ仕組みを「権力分立(三権分立)」と呼びます。この考え方を著書『法の精神』で提唱したフランスの思想家は誰か。
【問題2】 憲法第41条は、国会を「国権の最高機関」と定めています。しかし、通説によれば、これは国会が内閣や裁判所に対して法的に優位に立っている(一番偉い)という意味ではなく、主権者である国民を直接代表する機関であるという「政治的な褒め言葉」に過ぎないと解釈されています。この学説を何と呼ぶか。
【問題3】 憲法第41条は、国会を「国の唯一の立法機関」と定めています。これには「国会以外の機関は法律を作ることができない」という原則(国会中心立法の原則)が含まれますが、例外として、内閣が制定することができる法規範(ルール)を何というか。
【問題4】 国会は衆議院と参議院の二院制をとっています。衆議院は任期が短く解散があるため国民の意思を反映しやすい一方、参議院は解散がなく任期が6年と長いため、長期的な視野で冷静な審議を行うことが期待されています。この役割から、参議院は「( )の府」と呼ばれることがある。空欄に入る言葉を答えなさい。
【問題5】 憲法第62条に基づき、衆議院と参議院がそれぞれ独立して、国政に関する調査を行い、証人の出頭・証言や記録の提出を要求することができる強力な権限を何というか。
【修了試験:解答と詳細な解説】
【問題1:解答】 モンテスキュー
【解説】 モンテスキューは、イギリスの政治体制を観察し、権力分立の重要性を理論化しました。「権力が権力をチェックする」という抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)の概念は、アメリカ合衆国憲法をはじめ、現代のすべての民主的国家の統治機構のベースとなっています。
【問題2:解答】 政治的美称説(せいじてきびしょうせつ)
【解説】 「最高」という言葉に引きずられて「国会がすべての権力の上に立つ」と解釈してしまうと、三権分立のバランスが崩れてしまいます。そのため、法的な意味での最高機関ではなく、主権者国民に直結する機関としての「政治的・道義的な高い地位」を表現したもの(美称=美しい呼び名)である、と解釈するのが憲法学の一般的な理解です。
【問題3:解答】 政令(せいれい)
【解説】 「法律」を作れるのは国会だけですが、国会が細かなルールまですべて作るのは不可能です。そのため、国会が作った法律の範囲内で、法律を実施するための細かなルールを内閣が作ることが認められています。これを政令(憲法第73条6号)と呼びます。他にも、最高裁判所が作る「最高裁判所規則」や、地方公共団体が作る「条例」などが、「国会中心立法の原則」の例外とされます。
【問題4:解答】 理性(りせい)
【解説】 「理性の府(りせいのふ)」と呼ばれます。衆議院は選挙や解散の影響を強く受けるため、世論の熱狂に流されたり、性急な結論を出したりする危険性があります。そこで、任期が長く解散のない参議院が、ブレーキ役となって客観的かつ理性的に再考することで、より慎重な国政運営が可能になるという二院制の意義を表す言葉です。
【問題5:解答】 国政調査権(こくせいちょうさけん)
【解説】 単なる調査にとどまらず、証人を強制的に喚問(証人喚問)し、嘘をつけば偽証罪に問えるという非常に強力な権限です。国会が行政権(内閣など)の不正やミスを監視・摘発し、あるいは新しい法律を作るための事実関係を把握するために欠かせない、国会の伝家の宝刀とも言えるツールです。
第11回の講義は以上となります。お疲れ様でした。
いいなと思ったら応援しよう!
本学の維持と発展のために、ご支援いただけますと幸いです。宜しくお願い致します。