声にならない想い〜看護師の心の声⑯〜
私が新人看護師の頃、個室に、小柄で可愛らしいおばあさんが入院してきた。高齢だけど、まるで少女のようなふんわりとした可愛らしいおばあさんだった。付き添いで来たのは、これまた可愛らしいニコニコとよく笑うおじいさんだった。
おばあさんは長年、重症筋無力症で治療を続けていた。しかしいよいよ呼吸状態が悪くなり、入院することになった。
自力での呼吸が難しくなると、人工呼吸器をつけるか、そのまま看取りとなる。
この二人は、看取りを選んだ。なるべく苦痛なく、穏やかに最期の時間を過ごすために、この個室に来たのだった。
入院当初は、鼻からの酸素吸入で会話もできた。
あまりに可愛らしい二人なので、馴れ初めを聞いてみた。二人は、お見合いだと答えた。元々幼馴染で、おばあさんのお父さんが話を持ってきて結婚したのだと。
私はイタズラ半分で聞いてみた。
本当は、おじいさんのことが好きだったから、お父さんを通じて結婚したんじゃないですか、と。
おばあさんが驚いた。
「なんでわかるの?今までず〜っとおじいさんに隠してたのよ〜///」
そう言うとおばあさんは、恥ずかしそうに両手で顔を隠した。
おじいさんも初耳だったようで、
「何だ、そんな事があったのか‼︎いや〜///」
と自分の頭や顔を撫でて照れていた。
陽だまりみたいな空気が、この部屋を満たしていた。
私は、この二人が愛おしくてしょうがなかった。
しかし、時間は残酷だった。
鼻からの酸素がマスクになり、より高濃度の酸素吸入が出来るリザーバーマスクがつくようになった。呼吸回数が減り、会話もできなくなった。それでもおじいさんは、一時もそばを離れなかった。
いよいよお別れの時間が近づいた。
呼吸が止まりそうになるたびに、おじいさんは手を握り、声をかけた。
「ほらっ‼︎息を吸え‼︎」
また止まりそうになると
「ほらっ‼︎息を吸ってくれ‼︎」
隣で二人の子供たちが泣いていた。私も心の中で叫んだ。頑張れ‼︎頑張れ‼︎少しでもおじいさんと一緒にいられるように、お願い‼︎頑張れ‼︎
やがて、おばあさんの呼吸が止まった。
おばあさんの顔から、リザーバーマスクが外された。
おじいさんは泣きながら、おばあさんの頭を撫でた。
「頑張ったなぁ。ありがとうなぁ。また会おうなぁ。」
おばあさんの顔は穏やかだった。目尻の笑いジワが、まだ生きて笑っているかのようだった。
看護師は、泣いてはいけない。泣いてしまうと、他の患者さんに動揺を与えてしまうから。
だから、泣いてはいけない。
でも、声を出したら泣いてしまいそうで、何も言えなかった。
おばあさん、頑張ったね。
そう伝えたかったのに、声が出なかった。
二人が病院を去る時、おじいさんが言った。
「看護婦さん、ありがとうね。看護婦さんとばあさんと話してる時は本当に楽しかったよ。ばあさんも感謝してるよ。」
いえいえ、私の方こそ、と言いかけて、声が出なくなった。
涙で滲んだおじいさんの後ろ姿を、ただ眺めていた。
今ここで、あの時言えなかった言葉を言わせてください。
私の方こそ、お二人と過ごしている時間が大好きでした。少しの時間ですが、関わらせていただいて、ありがとうございました。
