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渋澤栄一著『論語と算盤』の中に乃木大将殉死の記載が

我が社の本に『司馬さんに嫌われた乃木・伊地知両将軍の無念を晴らす』がある。それについては明日取り上げることにして、『論語と算盤』の中に記載してある乃木大将の部分を一部転載します。206ページ~。
 
すべからくその原因を究むべし
 
乃木大将の殉死について、世間の論ずる所を観るに、ある説のごときは、殉死については多少非難なきに非ざれど、乃木大将にして始めて可なり。他人これに倣うべきに非ずと論ずるもあり。または、絶対に感歎すべき武士的行為にして、実に世の中を聳動(しょうどう)せしめた天晴(あっぱ)れの最期(さいご)とて、限りなき崇敬の心をもって論評するもありて、ほとんど当時の新聞雑誌が、そのことについて塡(うず)められたほどであるから、大将の行為は現社会に大なる影響を与えたと言い得るだろうと思う。
私の観る所も、ほぼ後者と同様なれども、乃木大将が末期における教訓が尊いというよりは、むしろ生前の行為こそ真に崇敬すべきものありと思う。換言すれば、大正元年九月十三日までの乃木大将の行為が純潔で優秀であるから、その一死が青天の霹靂のごとく、世間に厳しい感想を与えたのである。大将の殉死が如何なる動機から起こったに致せ、ただその一死だけが、かくのごとく世間に劇しい影響を与えたのではなかろう。ゆえに、私は前に述べた点について、少しく意見を敷衍(ふえん)してみようと思う。ただし、私は乃木大将とは親しみが厚くなかったから、その性行を審(つまび)らかに知らぬけれども、殉死後各方面の評論から観察すると、実に忠誠無二の人である。廉潔の人である。その一心は、ただ奉公の念に満たされた人である。 しかして事に処して常に精神をここに集注して、苟(いやしく)もせぬ人であるということは、すべての行為において、察知し得らるるのである。
ことに軍務的行動については、何物をも犠牲にして、君のため国のために尽くすという精神に富まれたことは、現に二人の令息が日露戦役にて前後討死された時にも、将軍は君国のために堅忍その情を撓(た)めて、涙一滴も人に見せなかった一事に徴しても明らかである。
全体将軍は青年の頃より、軍人としては事毎に長上(ちょうじょう)の命令に服従して、水火(すいか)の中をも辞せぬという、堅実なる服従気性を持っておられたと同時に、事の是非善悪についての議論には、いささかも権勢に屈せぬという凜乎(りんこ)たる意考を持っておられたように見受けられる。それからぬか、ある場合に先輩の意見に忤(さから)って、休職になったなどということは、蓋しその鞏固(きょうこ)の意志に原因せしものと想像される。……

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