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僕が「鬱病」「パニック障害」で人生が豊かになった理由 (第3章)

以前投稿させて頂いた
僕が「鬱病」「パニック障害」で人生が豊かになった理由(第1〜2章)
ですが、多くの人からスキ、フォロー、応援のコメント頂きまして本当にありがとうございます!

まだ見ていない方は是非、第1章〜第2章もご覧ください↓

では前回の続きです!

第1章ではパニック障害からトップ営業マンになるまで。
第2章ではブラック企業に転職してドン底に落ちるまで。

を記事にさせて頂きましたが、ドン底のドン底が鬱病でした。。。


母親の実家に仮住まいさせてもらってから
一時的にお仕事を休職したかったのですが、
まだ勤務してから1年が経っていなかったので
欠勤扱いで1ヶ月だけ休む事にしました。
欠勤なのでお給料はもらえないです。

僕の母親は弟(僕の叔父)と一緒に住んでいるのですが、叔父は統合失調症を患っています。

なので母親からは
「一度病院に行った方がいいじゃない?」
とアドバイスをもらいました。

今まで頑なに心療内科に行く事は拒んできましたが、そんな事をいってられる状況ではなかったので初めて病院にいく事にしました。

そこでお医者さんに過去から現在に至るまでの説明をしたのですが
そこで初めて僕がパニック障害であった事を知りました。

ですが、僕は今まで漠然とした何かに苦しんできたのでパニック障害が僕を苦しめてきた原因だと知れてスッキリしました。

お薬も処方されましたが、
どうしてもお薬に頼りたくなかったので
一錠を3等分して極力少ない量で飲んでいました。

その後仕事から一時的に離れた事もあり、
少しではありますが調子が戻ってきたので1ヶ月後に仕事に復帰する事になりました。

「1ヶ月休んだから大丈夫だ!」
「今日からまたバリバリ働くぞ!」
そんな復帰した初日の事です。

車の中で久しぶりにパニック発作がおきました。突然です。

直ぐに車を止めて1時間車内で休んでおりました。
落ち着いてきたので、よしそろそろ行こう!
と飛び込み営業を始めました。

ですが、10分も経たないうちにまたパニック発作が始まり、めまいもひどくなり路上でしゃがみこんでしまいました。

通行人の方に大丈夫?救急車呼ぼうか?と言われましたが
「大丈夫です!」と言い放ち仕事を続けました。

そんな状態の中でも3週間ほど仕事を続けていたある日、、

朝起きて仕事の準備をしようとした時、急に涙が出てきました。。。

と同時に仕事の準備ができなくなり仕事に行くことができなくなりました。僕はここでやっと自分の限界を察しました。。

上司に電話をして
「もう自分は使い物にならないから仕事を辞めさせてほしいです」
と告げました。

上司は、「そんな事はない。君は十分頑張っていたよ」
と言ってくれましたが、そこから退社するまではブラック企業という事もあり非常にスムーズでした!笑

それからは流石に休養した方がいいと思い、安静にしておりましたが1週間がたったころです。

ジェットコースターから急落したようにメンタルが一気に「ズドン」と落ち込みました。

いわゆる鬱病の初期症状から急性期に突入した瞬間でした。

鬱病を経験した事がない方に症状を説明することは非常に難しいのですが、

僕の中ではスマートフォンの充電が切れている状態と似ていると思っていました。

とにかく全ての活力が失われた状態です。

笑えない。
外に出れない。
食べれない。
寝れない。
辛い。
悲しい。

行動力も無くなるので毎日部屋の天井を見ているだけなのですが、厄介なのはネガティブな感情だけが頭を巡ります。

僕の場合は寝れたとしても悪夢で必ず途中で起きてしまいます。

人生で初めて生きるのが辛くなりました。。。

おそらく鬱病になった方の多くはそうだと思います。

正直、僕は鬱病にはならないと勝手に思ってましたし、どちらかというと
偏見を持っていた方だと思います。

ですが実際に自分が鬱病になってわかったのが
「完全な病気」という事です。

偏見を持っていたからこそ強く主張したいのは
仕事なんて到底できません!

プロ野球選手がアキレス腱を断裂しても試合に出続けるくらい無理な状態です。

僕は泣きながら母親に
「生きるのが辛い。自分はこれからどうなってしまうのか怖い」
と相談しました。

ですが母親は冷静でした。

「たかぽんなら大丈夫!だって私の息子だから」

と言ってくれました。

僕は学生の頃に母親と別れたきりでしたが
暴力や罵声を毎日のように繰り返す父親がいる中でも

常に前向きで明るく子供の見方をしてくれていたのが僕の母親です。

母親のような人間になりたいとずっと子供の頃から思ってきました。

そんな母親がくれた言葉だったので僕は前向きになる事ができました。

鬱病の急性期から回復期に入ったタイミングで

「自分が今できる事は何か」を考えました。

僕の好きな言葉ですが
「敵を知り己を知れば百戦にて危うからず」
中国の軍事思想家の孫子という人の有名な言葉です。

まずは自分の敵である
鬱病とパニック発作を知ることから始めました。

僕は本を読むのが大嫌いで、中学生のときに
かいけつゾロリ(絵本に近いような本)
を読んだ以来、本は一切読んできませんでした。

ですが、
自分を変えたい。。
この状況を乗り越えたい。。

そんな気持ちで本を買って知識をつけるところから始めました。

実際に鬱病やパニック障害を経験した方の本
お医者さんが出されている本
栄養学の本
心理学の本
筋トレの本
マインドフルネスの本
認知行動療法の本
自律神経の本
睡眠の本
脳科学の本など

累計50冊ほどは読み上げ、
YouTubeでそのような動画も毎日見ました。

次に自分を知る事を始めました。
自分の過去をさかのぼり、
自分がどこでストレスを感じてきたのか、
外在化(ノートに書き出す)をしました。

そこで、根本的なストレスの原因になっている理由がわかりました。

「発達障害(ASD)」です。

実際に診断ができる病院に行き、診察をしてもらいましたがやはりASDが強目の発達障害であることがわかりました。(ADHDやLDも混じってます)
そこで発達障害についても調べました。

その後は全ての知識と自分自身を理解した上で実践をしていきました。
(実践した方法は長くなりそうなので別の記事にします!)

3ヶ月後、、、
見事寛解(ほぼ治っている状態)まで回復する事ができました!

鬱病は再発が多いいのでまだ安心はできませんが仕事もなんとかできそうです!

鬱病は僕の人生で1番辛い経験となりました。

ですが、今は鬱病になって良かったと思ってます!

その理由は、、、

第3章はここまでになります!

次回は最終章です!
鬱病とパニック障害で人生が豊かになった理由についてまとめます!

最後までお読み頂きありがとうございます。

最終章をお楽しみ!
ではまた!









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たかぽん(豊かな人生の案内人) これからも生業の傍らではありますが、皆様の人生を変えれるきっかけになるような記事を作っていきたいと思っておりますので是非応援してください😊