知るメモ|【女神転生】|「メガテン」はなぜ国産三大RPGとして「ドラクエ」「FF」と同列で語られないのか?~派生作品がもたらした特異な進化!
日本のRPGといえば?
と聞かれたら、多くの人が「ドラゴンクエスト」と「ファイナルファンタジー」の名前を挙げるでしょう。
この2大巨頭は、長年にわたり日本のゲーム市場を牽引してきた、間違いなく「国民的RPG」です。
しかし、かつてスーパーファミコン時代を中心に、これらに並ぶ「三大RPG」の一角として語られていたシリーズがあります。
それがアトラスの「女神転生(メガテン)」シリーズです。
熱狂的なファンを持ち、圧倒的なオリジナリティを誇りながらも、現在のメガテンを「国民的RPG」と呼ぶ人は決して多くありません。
それは一体なぜなのでしょうか?
今回は、メガテンが辿った特異な進化と、その魅力について考察してみたいと思います。
◆「女神転生」とは何か
原点は1986年に発表された西谷史の小説「デジタル・デビル・ストーリー」です。
この伝奇SF小説をゲーム化したのがアトラス(当時はナムコからの発売)で、1987年にファミコン用ソフト「デジタル・デビル物語 女神転生」として世に送り出されました。
その後、アトラスが自社ブランドで販売を引き継いだのを機にタイトルが「真・女神転生」へと改められ、1992年のスーパーファミコン版「真・女神転生」は多くのゲーマーに衝撃を与えました。
近代都市を舞台に、プレイヤーが悪魔と交渉して仲間にする「悪魔合体」システム、そして「法」「混沌」「中立」の三勢力による思想的な選択を迫るハードな世界観は、明らかに他のRPGとは一線を画すものでした。
スライムが可愛く、「ゆうしゃ」が「まおう」を倒す勧善懲悪のドラクエ。
美しいCGムービーと王道的英雄譚のFF。
それらに対して、女神転生は「悪魔」「黙示録」「核戦争後の荒廃した東京」といったダークでアクの強い世界観を打ち出しました。
ゲーム雑誌では当時、この3シリーズを並べて「日本三大RPG」と紹介する記事も見られたほどです。
◆では、なぜ今は「国民的」ではないのか
現在のネット上の議論を見ると、「国民的RPG」はドラクエとポケモンの2強で、FFは海外人気はあるものの国内はやや後退気味、女神転生やテイルズは知らない人のほうが多い。
なぜメガテンはこの位置に甘んじているのでしょうか。
理由はいくつか絡み合っています。
理由① そもそも最初から「万人向け」ではなかった
ドラクエは「誰でも楽しめる」ことを設計思想の根幹に置いたRPGです。
FFも美麗なグラフィックと感情移入しやすいキャラクターで幅広い層を取り込みました。
一方、メガテンの本流である「真・女神転生」シリーズは、もともとコアゲーマー向けに作られた作品です。
舞台は崩壊した現代の東京
敵である悪魔と会話して仲魔(仲間)にする
仲魔同士を合体させて別の悪魔を生み出す邪教の館
神と悪魔の戦争に巻き込まれ、ロウ(秩序)、カオス(混沌)、ニュートラル(中庸)のどの思想を選ぶか決断を迫られる
世界を救うどころか、プレイヤーの選択によっては神を殺したり、世界を一度滅ぼして創世し直したりもします。
難易度は高く、世界観は暗く難解で、物語の善悪は常にグレーゾーンにある。
「法と混沌のどちらが正しいか」という問いに明確な答えを出さないのがこのシリーズの哲学でもあり、それは子供や普段ゲームをしない層が気軽に手を伸ばせるものではありませんでした。
つまりメガテンは最初から万人受けを目指さず、コアなゲーマーの心に深く突き刺さることを選んだ時点で、「国民的」という枠組みからは意図的に外れていたとも言えます。
理由② 派生作品の「増殖」でブランドが拡散した
真・女神転生シリーズから派生した主なシリーズを並べるだけでも、
ハードボイルドな探偵ドラマを描いた「デビルサマナー」シリーズ
サイバーパンク要素を取り入れた「ソウルハッカーズ」
シミュレーションRPGとして極限状態のサバイバルを描いた「デビルサバイバー」
少年少女のオカルティックな青春群像劇「魔神転生」「デジタル・デビル・サーガ」
そして何より、メガテンの歴史を変えたのが「ペルソナ」シリーズの誕生と覚醒です。
特に「ペルソナ3」以降、スタイリッシュなUIとポップなデザイン、学園ジュブナイルとしての側面を強めた同シリーズは、アニメ化も果たし、本家メガテンを凌ぐほどの爆発的な人気を獲得しました。
今や「ペルソナ」は日本のみならず、世界中で熱狂的な支持を集めるビッグタイトルです。
さらに格闘ゲーム、ダンスゲーム、パズルゲームまで存在し、メディアミックスもアニメ・漫画・小説と多岐に渡ります。
ドラクエやFFも派生シリーズは存在します。
ドラクエの派生だけでも、トルネコの大冒険シリーズ、ドラゴンクエストモンスターズシリーズ、ドラゴンクエストヒーローズ、ドラゴンクエストビルダーズと挙げればきりがありません。
FFに至ってはタクティクス、クリスタルクロニクル、チョコボシリーズ、リズムゲームまであります。
しかし、ドラクエもFFも本編の世界やキャラ設定から大きく外れずに別ジャンルとして作られていると思います。
または、外伝作品はファンサービスに近く本編を超えるほど認知されているわけではない。
ドラクエの派生は必ず「ドラゴンクエストモンスターズ」「ドラゴンクエストビルダーズ」と、親の名前を冠して出てくる。
どれを遊んでも「ドラゴンクエスト」への認知と愛着が積み上がっていく。親ブランドの名前が、傘のように派生作品全体を束ねているのです。
理由③ 派生の「子」が「親」を超えてしまった
メガテンの派生作品の中に、単なる看板切り離しにとどまらず、親の知名度・売上・ユーザー数のすべてを超えてしまった「子」が生まれてしまいました。ペルソナシリーズです。
1996年にPS用ソフトとして登場した「女神異聞録ペルソナ」は、もともと真・女神転生の外伝として生まれた作品です。
「外伝」という冠を付けたかったものの、すでにラストバイブルシリーズに「女神転生外伝」と使われており重複を避けるため「女神異聞録」という名前になった、という経緯からもその位置づけがよくわかります。
初代ペルソナは確かに「女神異聞録」という接頭語を持っていましたが、続く「ペルソナ2」からはこの接頭語が外れました。
そして2006年の「ペルソナ3」を境に、シリーズは決定的に変貌します。
アトラスのゼネラルプロデューサー・和田和久氏は後年、この転換点についてこう語っています。
ペルソナ3以前のアトラスの価値観は「ONLY ONE」だった。
極端に言えば売れるか売れないかなんて考えるのがダサいという尖った価値観だった。
それがペルソナ3以降、「UNIQUE&UNIVERSAL(独創と共感)」へと転換した。
つまり「猛毒を甘い衣で包んで、たくさんのお客さんに食べていただく」という方向へ舵を切ったのです。
この転換が生み出したのが、学園生活という「日常」とペルソナ召喚という「非日常」を組み合わせた独自のシステムと世界観でした。
真・女神転生が核戦争後の荒廃した東京や聖書の黙示録を舞台にするのに対し、ペルソナ3以降は「普通の高校生が放課後に怪異と戦う」という、圧倒的に感情移入しやすい構造を持たせた。
悪魔を仲魔にするのではなく、自分の「もう一つの人格」であるペルソナを使って戦う。
この設計変更が、新しいプレイヤー層の扉を大きく開きました。
結果、ペルソナシリーズは2024年時点でシリーズ累計販売本数2,350万本という巨大ブランドに成長しています。
対して本家「真・女神転生V Vengeance」(2024年)のシリーズ累計は全世界200万本。どちらも誇れる数字ですが、両者の規模の差は歴然です。
「ペルソナが好きです」という人に「それ、元々は女神転生の派生作品なんですよ」と伝えると、驚かれることが少なくありません。
ペルソナが「女神転生」という名前を持たず、かつ本家を遥かに超える人気を持った結果、「メガテン」という親ブランドへの認知は皮肉なことに薄まっていきました。
ドラクエやFFではモンスターズやタクティクスが本家を超えるような現象は起きていません。
「派生が親を超えた」という現象は、日本のゲーム史においてメガテンとペルソナの間でのみ起きた、きわめて特殊な出来事でした。
◆それでもメガテンが輝き続ける理由
ここまで読むと、メガテンは「なんとなく惜しいシリーズ」に聞こえるかもしれません。
しかし、むしろ逆の見方もできます。
メガテンは国民的になれなかったのではなく、国民的になることを選ばなかった、あるいは選ぶ必要がなかった、とも言えます。
「悪魔という現実離れした存在と、近代的なコンピューターが入り混じる世界観。この組み合わせが独特の魅力を生み出し、コアなファンを獲得してきた」
というシリーズの本質は、1987年から今日まで一貫しています。
世界観に妥協せず、難易度にも妥協せず、「善が悪を倒す」という単純な物語に収めず、哲学的な問いを投げかけ続ける
それがメガテンという作品の骨格です。
「真・女神転生V Vengeance」は発売から3日で世界50万本を達成し、海外メディアから軒並み90点前後の高評価を受けました。
Steamのユーザー評価では95%が「高評価」という驚異的な数字を記録しています。
国民的ではないかもしれませんが、世界中のコアゲーマーから深く愛されているのは間違いありません。
◆まとめ
メガテンがドラクエ・FFと並ぶ国民的RPGになれなかった理由は、一つの原因に帰着しません。
もともとのコアゲーマー向けという方向性、派生シリーズの乱立によるブランドの拡散、ペルソナというスピンオフが「親」を超えてしまったこと、そして宗教・思想的テーマによるリーチの限界・・・
これらが複雑に絡み合った結果です。
ドラゴンクエストが誰もが愛せる「大衆の物語」だとしたら、女神転生は「問いかけを愛する者のための物語」です。
どちらが上でも下でもなく、ゲームというメディアの豊かさを示す、両極のあり方ではないでしょうか。
もし「メガテン」や「ペルソナ」を未体験なら、ぜひ一度その世界に足を踏み入れてみてください。
きっとそこには、ドラクエやFFとはまったく違う種類の「衝撃」が待っています!
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それでは次回をお楽しみに・・・
日々の出来事から日記代わりにいろいろ書いています。
前回の記事も時間がありましたら読んでみてください。
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