行かないで。
流石に2日後にある登校日に向けて課題レポート処理のタスクを立てていたのにも関わらず相変わらずの怠惰により敢え無く無かった事になった今日。突然襲ってくる強烈な孤独感と闘いながら2日ぶりに再会した姉と少し会話をした。どんなにクソみたいな僕の為にも何個かエピソードトークをしてくれて、全然面白く無かったから無視したが笑って次の話をしてくれて、僕は本当に幸せ者だという事を実感する。姉も週2日の休みの午前11時という夕方まで寝るのかそれともちょっと遠くに遊びに行くのかという1番大事な時間を僕に使ってくれた。週5日の激務。姉は地元の心療内科の事務で働いておりいつも帰宅後の夕食の時間では「今日来た患者さん...」から始まるとても面白いエピソードトークを披露して家内を沸かせている。どんなに疲れていても僕ら家族には一切その表情を見せずに好きな男性K-POPアイドルSVEVNTEENのメンバージョンハンが今年の10月に兵役に行った事に対してジョンハン推しの姉の友達から毎日泣いている絵文字が送られて来るという話をいつもして、僕ら家族から疲労という言葉を消滅させて来たりする。数日前父(ADHD.ASD.躁鬱.強迫性障害持ち)の精神状態が壊れて(詳細を知りたい方は、BAD're〜you.を読んで下さい。)「何で俺ばかりこうなるんだ!」といつも父が書類などに何か書く時に使用している普通の学習机ぐらいの大きさの机を近くにある姉の部屋(障子)に投げ付けて、部屋としての役目を長年全うして来た障子を破壊させて姉の部屋の床を酷く傷付けた上にそのまま姉の部屋に乗り込み人生初の「子供に暴力」を実行しようとした所で母が止めに入って姉は何とか無事だったが心に大きな傷を負っただろう(まあこんな事はかなりの頻度で行われて来ている事を姉は何度も目撃していると思うし、母も何度も経験しているから見るからに父に殴られたアザが体に複数箇所ある事に気付いた時も「あ、アザだ。」だけで何も感情が動いている様には思えなかった。)そんな状態なのにも関わらず姉は次の日から笑顔で皆んなと接していつもの様に職場のエピソードトークを披露して、昨日の件でかなり重たい空気(小学生の時に故意では無いがドッジボールでクラス1モテていた男子の顔面にボールを当てた時ぐらい)の中をいつもの様に沸かしていた。姉が中学何年生の時かは忘れたが(多分中学一年生ぐらいかな)生理が始まった時ぐらいに、姉は酷く生理を拒み、今考えたら「摂食障害」の様に何も食べない時期があった。多分何処かで「体重を過度なダイエット等で極度に減少させてしまうと生理が来なくなる場合があります。」みたいな文章を読んで自分なりに生み出した生理への対抗策として食べないという事を実践していたのだろうと思う。(今は元気に毎日バクバク食べています。)そんな状態の姉当時の僕は何も生理の事を理解していないから不躾に「何で食べないの?」「どんどん体が細くなっていってるけど大丈夫なの?」みたいな事を毎日言いまくっていて一度僕に対して無言で鳩尾をグーパンして来てガリガリなのにめっちゃ痛かった事を今でも覚えている。(グーパンだけで許してくれたのは本当に感謝している)僕が4月に入学した高校を6月の時点で行けない状態になり(詳細を知りたい方は自意識のやつを読んで下さい。)ちょっと通学路を通っては帰ってを繰り返している時に「大丈夫だから、絶対いつか学校行ける様になるから。」と在り来たりだが何故か深く聞こえたその言葉を信じて毎日頑張っていたが結局その後夏休みが終わって1番最初の登校日皆んなが「青春」を開始した日と、出席と単位が足りず退学を伝える為に母と行った2回以外学校行く事は無く、(「青春」の日も学校に着いて、教室の扉を開けて直ぐに「僕のいるべき場所じゃ無い」と思ってそのまま下校しているし、退学の時もいつもの登校時間とかでは無く、僕が皆んなに会いたく無いという理由で放課後に母と行っているから、実質的には0日。)1度目の高校生活を1年10月というとても早い時期に終了して適応障害→鬱と最悪な精神状態の僕に対して姉は「大丈夫。」と在り来たりな言葉だが、今1番欲しい言葉だけを僕に与えてくれた。姉はいつも僕の足りないものを知っていて、僕はいつもそれを探していて、この行為は一生終わる事は無くて、姉は何故かその行為をいつも見守っていて、僕が本当に死にそうになった時だそっと僕が探していたものを差し出して、僕がそれを理解して休んでまた元気になって、だが姉が死にそうになった時に僕は何も差し出すものは無くて、ただ見守るだけで終わるだろう。
帰宅を知らすその明かりは
僕だけが知ってる
僕だけのもの
