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文庫をつくる

本の作り手(物理的に製本をする)としてかねてより抱いていた夢のひとつに「自分の文庫」を作ることがあります。好きな作品を、好きなデザインで本にして愛蔵したい。
文庫とは、日本国語大辞典によるところの、いわゆる流通している文庫本=廉価普及を目的とした並製の小型本、ではなく、あるまとまった蔵書…「漱石文庫」とか、そういうものをイメージしています。
ここはひとつ、「小型本」かつ「まとまった蔵書」を同じ体裁で作ってみようじゃないか
というわけで、掌に載るサイズの箱入り本を、糸綴じ手製本で24冊こしらえました。

なお、今回の作品に使用したテキストは青空文庫さんのファイルを使用させていただきました。
記して感謝申し上げます。
各作品の図書カードへのリンクを記載しました。
気になる作品があったらぜひ読んでみてください。


「外科室」泉鏡花

 そのときの二人が状、あたかも二人の身辺には、天なく、地なく、社会なく、全く人なきがごとくなりし。

映画にもなりました「外科室」。白のレイドペーパーに題字と著者名、メスのイラストのみを添えてシンプルに設えました。後半の余韻を残す部分が特に好きです。

「蜘蛛の糸」芥川龍之介

後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。

教科書にも採用されているという「蜘蛛の糸」。ペーパーバック調に英語表記としましたが中身は日本語です。この作品の何が怖いって、蓮池の奥をよーく見ると地獄が見える、というところ。お釈迦様はそれをスーンと見ているのです。

「サラダの謎」中谷宇吉郎

何かあのおまじないが、サラダをおいしくするこつのように思われて仕方がなかった。

雪の結晶の研究でおなじみ中谷博士が、ロンドン留学中に味わったサラダの秘密について軽快に綴るエッセイ。「清浄野菜」なんて言葉が出てくるなど、科学者らしい視点がまた面白い。ちょっと可愛らしく、かつ昭和風になるよう、題字の色や紙選びを工夫しました。

「嘘」太宰治

私はことしの正月、いやもう、身の毛もよだつような思いをしました。それ以来、私は、てんで女というものを信用しなくなりました。

太宰の青森疎開時代の閑話。この居候時代の短篇にはいろいろ面白い話がありますが、これは特に好きなひとつ。女性の顔を網点処理した表紙に、墨色の羊皮紙で箱を作りました。

「コーヒー哲学序説」寺田寅彦

自分にとってはマーブルの卓上におかれた一杯のコーヒーは自分のための哲学であり宗教であり芸術であると言ってもいいかもしれない。

さきの中谷宇吉郎の恩師でもある寺田寅彦。「柿の種」などの名高い随筆家ですが、俳人でもあります。このエッセイはコーヒーについて縷縷述べながら、だんだん話が哲学的になっていくあたり、題名に偽りなしといったところ。水彩画風のイラストを描きましたが、ほとんど見切れてしましまいた。青いのはクッキーを載せた皿です。

「八ガ岳に追いかえされる」梅崎春生

実を言うと、私もあんまり登山は好きでない。くたびれるからだ。

遠藤周作夫妻との山行を描いたエッセイ。やる気のない作家両人の登山の話、いちばんイキイキしてるのが相手を罵るところ、という。八ヶ岳連峰をイメージしたイラストを小さくあしらいました。

「月世界競争探検」押川春浪

雲井文彦の飛行船は、地球を出発してからもう一週間になる。しかしまだ月らしい影も見えない。

月へ探検に出かけた博士が行方知れず、月世界へ駆け付ける男爵と青年の恋の鞘当て…という筋書きの冒険小説。飛行船でぷかりぷかりと月まで上昇する、いいですねえ、心がはずみます。本筋とはあまり関係のない要素を加えた絵と手描きの題字で時代感を出しつつ、本体、箱ともにメタドゥールという銀ピカの紙で包みました。

「文字禍」中島敦

しかし、ナブ・アヘ・エリバは最後にこう書かねばならなかった。「文字ノ害タル、人間ノ頭脳ヲ犯シ、精神ヲ痲痺セシムルニ至ッテ、スナワチ極マル。」

文字の霊性に取り憑かれたアッシリアの碩学・ナブ・アヘ・エリバ博士の物語。言わずと知れた中島敦のデビュー作。この話を文字でびっしり覆ってしまうのはいかがなものか…と思いつつ、篆書体の漢字を並べたデザインになりました。

「異国食餌抄」岡本かの子

どのテーブルにもアペリチーフの杯を前にした男女が仲間とお喋りするか、煙草の煙を輪に吹きながら往来を眺めたりしている。フランス人特有の身振の多い饒舌の中にも、この時許りはどこかに長閑さがある。

昭和4年から昭和7年までヨーロッパに遊学した折、パリでの食生活について闊達に語るエッセイ。カタカナ語をちりばめながら、それがまったく自然にとけこんだ文章が小気味よい。今回作った本のなかで唯一の仮フランス装にしてみました。

「奇怪な客」正宗白鳥

「ボーイの説によると、そのお客は、どうも婦人らしいんですよ。」
「もしさうだつたら、ますます面白いですね。」
「谷崎さんの小説の材料になりさうな話ぢやありませんか。」

正宗白鳥の文章は独特の毒っ気が癖になる気がします。聞き書きのフィクションかと思いきや、おもわぬ着地をするこの本にふさわしかろうと、デジタルコラージュの装画をあしらいました。

「雑草雑語」河井寛次郎

整つた物の物足りなさ、行き届かない物の救ひ、流行しない物の魅力、時代おくれのものの持つ誇り、人に見られない喜こび、誰にも知られない自由、行きつけない希望、足る事のない喜こび。

草花についてひとつひとつ語りながら、内包された美学が滲み出た随筆。素朴な模様のネパールのプリントペーパーを使用しました。

「風呂桶」徳田秋声

 さく子はちよつと驚いたやうな顔を、こつちへ向けた。二人は昨日から口を利かないのであつた。
「何です。」
「あんな調子づいた声を出して、どんな湯殿を作るつもりなんだ。」

大正13年発表の私小説。始終苛つく夫(主人公)の描写がいやになる見事さ。結末も実に上手い。西洋の古い風呂桶のイラストを添えて、桑の葉を漉き込んだ和紙でくるみました。

「小さな庭」原民喜

たとへば白い霧も嘆きではなく、しづかにふりそそぐ月の光も、まばらな木々を浮彫にして、青い石碑には薔薇の花。おまへの墓はどこにあるのか、立ち去りかねて眺めやれば、ここらあたりがすべて墓なのだ。

戦後に書かれた亡妻への追慕に満ちた断章風の詩群。溢れて止まぬ民喜の漂泊の思いに打たれます。レイドペーパーとエンボスペーパーを組み合わせ、小さくも存在感のある本を目指しました。

「文鳥」夏目漱石

文鳥の眼は真黒である。瞼の周囲に細い淡紅色の絹糸を縫いつけたような筋が入っている。眼をぱちつかせるたびに絹糸が急に寄って一本になる。と思うとまた丸くなる。

鈴木三重吉のすすめで文鳥を飼いだした漱石先生。鳥の様子を観察しつつ、世話には及び腰、自分の大きさを怖がっているだろう、などと鳥をあくまで「ちいさきもの」として見ている視点が印象深い作品です。本の背と箱に背広の地模様を再現した紙「セビロ」を使用、硬さと柔らかさを併せ持った質感を意識しました。

「三人の訪問者」島崎藤村

しかし斯の訪問者が私のところへ来るようになってから、まだ日が浅い。私はもっとよく話して見なければ、ほんとうに斯の客のことは分らない。

「冬」「貧」「老」が順に私の元を尋ねてくる、寓話調の短篇。大人の童話…というか、やや教訓的なところがありますが、できれば避けたいこれらのものと対話する様子に時折フフッとなる。大人っぽさと寓意の掛け合わせを意識して、木版手摺千代紙の表紙に題簽を貼りました。

「昆虫図/水草」久生十蘭

紋白や薄羽や白い山蛾が、硝子天井から来る乏しい残陽に翅を光らせながら、幾百千となくチラチラ飛びちがっている。そこに坐っていると、吹雪の中にでもいるような奇妙な錯覚に襲われるのだった。

「昆虫図」久生十蘭

じわじわと恐ろしさが醸し出される二篇。十蘭の本の中では中井英夫監修、司修装幀の教養文庫が特に好きです。今回は表紙を蝶で埋め、箱には絞り染めの和紙をあしらいました。

「春日遅々」堀辰雄

ここでもまた、言葉が自分には不足するのです。それは名前を持たぬもの、また疑もなくそれを持ち得ないもの、そしてただ花瓶の中のやうに、自分のまはりの目に見える事物の中に、溢れるばかりに生を注ぎ入れながら、そのときちらりと姿を見せるきりのものだからです。

信濃追分での暮らし、詩集を読んだ思索について綴る随筆。近代文庫など、カバーのない時代の文庫表紙をイメージしたデザインです。

「高瀬舟」森鷗外

かくのごとくに先から先へと考えてみれば、人はどこまで行って踏み止まることができるものやらわからない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だと、庄兵衛は気がついた。

何年か前に作った作品で、タントという紙にシルクスクリーン印刷をしてあります。短い話ですが、心の内に引っかかりを残す名篇だと思います。結末あたりの奇妙に従順、純朴に見える述懐も。

「仙人掌と花火の鑑賞」蒲原有明

わたくしは世俗のかげにかくれて、をりをり植物園に出掛けることがある。それはその園内にある温室の、しかも仙人掌を蒐集したその一隅に心が牽かされるからである。この時わたくしの渇きを覺える眼精には素より植物としての仙人掌は映じないのである。

サボテンと花火の幻想―連想から独自の芸術観を主張する散文。この奇妙な一篇には絵をさしはさむべきではないな、と、墨溜まりの特徴を持つ明朝体の文字と、皮革模様のエンボスペーパー・レザック16の組み合わせでシンプルな本を作りました。

「お茶漬けの味」北大路魯山人

たい茶漬けが今日美味かったからと言って、明日も明後日もつづけたらどうであろうか。要は、正直に自分の体と相談して、なにを要求しているかを知るべきである。

「お茶漬けの味」北大路魯山人

表題作のほか「海苔の茶漬け」「納豆の茶漬け」「塩鮭・塩鱒の茶漬け」「てんぷらの茶漬け」「鮪の茶漬け」「塩昆布の茶漬け」「京都のごりの茶漬け」を併録、ぶあつい一冊になりました。茶漬けなので箱には急須模様のプリントペーパーを使用。ウンチク満載なわけですが、「海苔の茶漬け」にあった海苔の佃煮の作り方はちょっとやってみたくなりました。

「まほうやしき」江戸川乱歩

そして、じつにおそろしいことが起ったのです。あっというまに、この世がさかさまになって、ゆかがすうっとてんじょうに上がり、てんじょうが下になってしまったのです。三人ははらばいになって、死にものぐるいに、ゆかいたにしがみつきました。

小学生雑誌に掲載された少年探偵団もの。小林少年とまほうはかせの手に汗にぎるたいけつ! デザインは大正~昭和期の童話の単行本をイメージしてみました。

「朝御飯」林芙美子

トマトをパンに挟む時は、パンの内側にピーナツバタを塗って召し上れ。美味きこと天上に登る心地。そのほか、つくだ煮の類も、パンのつけ合せになかなかおつなものです。

昭和初期に中国やフランスへ一人旅をし、戦時は特派員として中国やシンガポールに滞在するなど、海外生活経験の豊富だった芙美子。ロンドン、パリなどの朝食について述べていますが、実感があふれる書きぶりで読んでいるとお腹が空きます。前出の岡本かの子との違いは、語りかけてくる調子の良さ。装幀はコーヒーマグとハムエッグの絵に題字も手描きで。

「クリスマスの贈物」竹久夢二

「まあ悪漢ですって。あのね、みっちゃん、悪漢なんかになるのはよくないのよ。それにね、もし二郎さんが悪漢になるのに、どうしてもピストルがいるのだったら、きっとサンタクロスのお爺さんが二郎さんにももってきて下さるわ」

童話集「春」所収の作品。夢二は絵画・デザイン制作のほか小唄・童謡・童話なども数多く残しています。ほしがりなみっちゃんには苦いクリスマスのお話。ビンテージのプリントペーパーを表紙に、題簽は赤い紙に銀インクのペンで手描き、箱はモダンな縦縞にドット模様の千代紙でくるみました。

「登山は冒険なり」河東碧梧桐

ままよ、運を天に任して。いつか案内者にも、連れの男にもかけ離れてしまった。時々「オーイ」と呼んで見るが、それらしい返事もしない。
 荒れ狂っている大自然と、孤軍奮闘する私であった。

俳人・河東碧梧桐の山登りについてのエッセイ。近代の登山を享楽と揶揄しつつ、自身の無鉄砲な山行を活写した文章がグイグイくる。その勇猛さをイメージして、ジャック柄の題簽を、草を漉き込んだ後染め和紙の表紙に貼りました。

小さな本の効用

文庫ということで普通の文庫本サイズ(だいたい150ミリ×100ミリ)で作ってみたい気持ちもありましたが、箱の高さが70ミリ、幅が50ミリの本に統一してみました。
小さな本のいいところは短篇やエッセイが一篇でも立派な一冊の本になるところ。

「月世界競争探検」の本文。栞紐もついています

それから、場所をとらないところ。大事にしまっておくにしろ、飾ってみるにしろ、てのひらに収まる大きさは、それだけでなんだかうれしくなる要素のひとつでもあります。

…実は今回50冊揃いの文庫を作ろう!と準備を進めましたが間に合わず、2ダースまで完成したものを公開することとなりました。
残りはゆっくり作り続けていきたいと思います。
ひとつひとつ、作品をじっくり読んで、デザインを考えて、紙を選ぶ。
デザインは作品への批評であり、アンサーであり、反照するものでもあります。

あなたのお気に入りの一冊を見つけていただけたらうれしい限りです。

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