「もっと描かなきゃ」が私を壊すまで。正解探しに疲れたアーティストの失敗談【前編】
こんにちは、RYOです。
前回、自己紹介の記事を書きました。
「自動書記アーティスト」なんて少し不思議な肩書きで、自分のことや作品について書いたのですが、
実はあの記事を投稿するまで、ずいぶんと時間がかかってしまっていました。
「また失敗したらどうしよう」
「うまく伝わらなかったら」
そんな考えが何度も頭をよぎっていました。
今日はそこに至るまでの話、つまり私がここ一年以上、どんな場所にいたのかを正直に書いてみようと思います。
かっこいい話ではありません。
でも、もしかしたら誰かの「あ、私も」に届くかもしれない。
そう思って、書くことにしました。
「好き」の純度が、「焦り」に濁っていった日々
もともと絵を描くことが好きでした。
いや、「好き」という言葉では足りないくらい、絵を描いている時間が一番呼吸できる気がしていました。
キャンバスに向かうと手が動き出して、頭よりも先に色が生まれる。
あの感覚は今も変わっていません。
でも、いつからか絵を描く理由が少しずつ変わっていきました。
はじめは純粋に楽しくて描いていたのに、
気がつくと「もっと先に進まなければ」という焦りが頭を占めるようになっていました。
もっと成長しなければ。
もっと売れなければ。
後に来る人たちの道標にならなければ。
そんな言葉が、毎日頭の中でぐるぐると回り続けていました。

どこにもない「正解」を追い求める、終わらないスパイラル
当時の私の思考は、今振り返るとこんな流れをたどっていました。
絵をかけることの喜びや、どんな作品が出来上がるかのワクワク感。
それが気づかぬうちに——
「もっと先に進まなければ。期待に応えなければ」に変わり、
さらに——
「成功しなければ意味がない。正解はどこにある?」
という問いに変わっていきました。
典型的な負のスパイラルです。
ちなみに、「スパイラル」と書いて思い出したのですが、
「スパイラル〜推理の絆〜」って作品、ご存じですか。
アニメも原作漫画も、子どもの頃大好きだったんです。
全然関係ない話でごめんなさい!
でも、考えてみれば当時の私も、
解けない謎を必死に追いかけていた気がしています。
自分だけの「正解」という名の、どこにもない答えを。

感謝を忘れ、知識が自分を追い詰めた「どん底」の時期
絵を好きだという気持ちは、ずっと持ち続けていました。
それだけは本当のことです。
でも、「感謝する」ということを、
いつの間にかすっかり忘れてしまっていました。
誰かに支えてもらっていることも、
応援してもらっていることも、
描けること自体が奇跡のようなことも——
全部、視界の外に追いやっていました。
やがて体と心がついてこなくなりました。
無気力。
感情が希薄になる。
余計な思考がぐるぐると止まらない。
そしてよりによって、私には薬剤師としての知識があってしまった。
「これは鬱症状ではないか」
そう思い込んだ瞬間から、さらに深いところへと引きずられていきました。
去年の今ごろは文字通りのどん底、いやズンドコです笑

さいごに
ここまで読んでいただきありがとうございました。
正直、この記事を書いている最中も
「本当にこんなこと書いていいのか?」
という疑問がねばりついていました。
ただ、ここで終わりではありません。
後編では、そこからどうやって抜け出していったのか、
「しない選択」という言葉と出会った話を書きます。
読んでいただけると嬉しいです。
それでは、また!
(胃が痛い)

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