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「承認欲求の奴隷」だった僕が自分を取り戻すまでの話

「ちゃんとやってるのに、誰にも認められないなぁ…」
「自信があるふりしてるけど、ほんとは不安でいっぱい」

そんなふうに思ったこと、ありませんか?

仕事も家のことも、それなりに頑張ってる。
でもふとした瞬間に、「なんか自分ってダメだな…」って落ち込んでしまう。

──それって、もしかしたら「自尊心」がすり減ってるサインかもしれません💭

このnoteでは、
「自分には価値がない」って思い込んでいた40代の管理職のぼくが、
どうやってその思考から抜け出していったのかを、リアルな体験も交えて綴っています

読み終わるころには、きっとこう思えるはずです

✨ 他人に認められなくても、自分を肯定できるようになる
✨ 「どうせ自分なんて…」という呪いから少し自由になれる
✨ 本当の価値は、自分の“内側”にあると気づける

今、自信がなくても大丈夫
このnoteが、ちょっとでもあなたの心を軽くするきっかけになったらうれしいです🍀

【こんな方に向けて書いています】

  • 周りの目や評価が気になって、自分に自信が持てない方

  • 「もっと認められたい」と思いながら、どこかで空しさを感じている方

  • 頑張っているのに「自分には価値がない」と思ってしまう方

  • 他人と比べて落ち込むことが多い方

  • 自分を好きになりたいけど、どうしたらいいかわからない方

「自尊心が低い」と感じているのは、決してあなただけではありません。
このnoteが、あなたが本来の自分に立ち返るきっかけになりますように。

そもそも“自尊心”ってなんだろう?



自尊心=「自分には価値がある」と思える気持ち

自尊心って聞くと、なんだか難しい言葉に聞こえるかもしれませんが、
もっとシンプルに言えば、

「自分には価値がある」
「自分で自分を大事にできる」

そんな感覚のことです。

たとえば、誰かから「ありがとう」と言われなくても、
「オレ、ちゃんとやってるよな」と思えたり。

成果が見えにくい仕事でも、「こういう支え方もアリだよな」って思えたり。

つまり、他人の評価がなくても、自分の中に“OK”を出せる力
これが「自尊心」なんです。

自信とどう違うの?と思った人へ

よくある質問で、

「自尊心と自信ってどう違うの?」

というものがあります。

自信は「何かができる・うまくいく」という確信に近いもの。

でも、自尊心は「できてもできなくても、自分には価値がある」と思える気持ちです。

言い換えるなら、

  • 自信=結果やスキルに紐づいた“強さ”

  • 自尊心=存在そのものへの“OKサイン”

たとえば、仕事でミスをしても、「まぁ、ミスくらい誰にでもある」と思える。

家族に責められても、「オレなりにやってきたし」と自分を責めすぎない。

それは「自信があるから」じゃなくて、自尊心があるからなんです。


自尊心が低いとどうなるのか?

じゃあ逆に、自尊心が低いとどうなるんでしょうか?

…実はこれ、僕自身がすごく苦しんだことでもあります。

自尊心が低い状態って、こんな感じです👇

  • 誰かの言葉ひとつで、心が大きく揺れる

  • 褒められないと、存在を否定された気になる

  • つねに誰かに認めてもらいたくて、空回りする

  • 他人と比べては、自分を見下してしまう

「がんばらなきゃ、価値がない」
「誰かに必要とされなきゃ、オレには意味がない」

そんなふうに、外からの評価がすべてになってしまうんですよね。


僕自身、心のどこかで「もっと認めてほしい」って思ってました。

成果を出しても、「よくやった」と言われなければモヤモヤするし、
周りの人が楽しそうにしていると、なぜか自分だけ取り残された気になる。

たとえ家族や部下に褒められても、素直に受け取れなくて、「どうせ社交辞令でしょ」なんて思ってしまう。

これはもう、心のクセでした。

でもね、それって本当に苦しいんです。

いくら結果を出しても、褒められても、
“自分で自分を認められない限り”心は満たされないんです。


自尊心は「他人じゃなく、自分が育てるもの」

ここまで読んで、「ああ、ちょっと当てはまるかも」と思った方もいるかもしれません。

でも安心してください。
自尊心って、才能じゃなく育てられるものなんです。

  • 特別な人だけが持っているわけじゃない

  • 自分に足りないからといって、責める必要もない

  • 何歳からだって、少しずつ育てていける

これは僕自身が体験したことでもあるので、声を大にして伝えたいです。


自尊心がすり減ってしまう理由

なぜ“自分で自分を認められない”のか?

自尊心が低くなってしまうのは、「自分を大事にしていないからだ」なんて言われたりもします。

でもね、僕たちのように真面目に仕事をして、家族のためにも頑張ってきた人間ほど、“誰よりも周りのことを大事にしてきた”はずなんです。

それでも、なぜか「自分を認められない」。

その理由は、大きく分けて3つあります。


① 評価されること=価値だと刷り込まれてきたから

小さい頃からずっと、「いい子ね」「すごいね」「頑張ったね」と言われて育つと、自然とこう思うようになります。

「人に認められること=価値があること」

これって、一見よさそうに聞こえますが、裏を返せばこうです。

「認められなければ、価値がないかもしれない」

つまり、他人の評価を軸にした“条件つきの価値”を基準にしてしまうんですね。

僕自身、学生時代はテストでいい点を取ることが褒められる唯一の手段でした。

社会人になってからも、「結果を出す=価値がある人」と思われたい一心で、がむしゃらに働いてきました。

でも、評価は水物。

どんなに頑張っても、誰かの期待を満たせなかった瞬間に、一気に自信も価値も失ってしまうんです。


② 「いい人でいなきゃいけない」と思いすぎるから


もうひとつの理由は、“自分を犠牲にしてでも周囲に合わせるクセ”です。

  • 空気を読んで、誰にも嫌われないようにふるまう

  • 周りの人が困っていれば、自分のことよりも優先する

  • 自分の感情よりも「どう思われるか」を大事にしてしまう

思い当たる節、ありませんか?

僕も、ずっと「いい人」でいようとしてきました。

でもこれ、続けているとどうなるかというと

「自分の本音がどんどんわからなくなる」んです。

誰かのために尽くしても、心のどこかで「わかってほしい」「認めてほしい」と思っているのに、それを口に出せず、笑顔で飲み込む。

その結果、本当の自分を置き去りにして、演じた自分ばかりが評価されるという矛盾に苦しむようになります。


③ 「比較」がクセになっているから

SNSが日常になって、他人の人生が簡単に見えるようになりましたよね。

  • 昇進した同級生

  • 家族仲の良さそうな投稿

  • 趣味も仕事も全力で楽しんでる人

そんな情報を見るたびに、こんなふうに感じてしまう。

「オレは、何をやってるんだろう…」
「あの人に比べて、全然ダメだな…」

でも忘れてはいけないのは、比較は必ず“見えている部分”だけで行われるということ。

他人の“努力の裏側”や“悩んでいる顔”は、画面越しには見えません。

だからこそ、比較すればするほど、自分だけが“欠けている”ような感覚に陥ってしまうんです。


「自分の価値」は、外じゃなく内側にある

評価、期待、比較…。
どれも僕たちの心をすり減らすものばかりです。

でも、そんな外からの要素に振り回されなくなったとき、
初めて自分の中にある“静かな価値”に気づけるようになるんですよね。

それが、「誰かに認められなくても、もう価値がある」という感覚です。

とはいえ、急にそんなふうに思えるわけではありません。

僕も、いろんな経験や失敗を通して、少しずつ自尊心を取り戻してきました。

次は、その転機となった“ある体験”をお話しします。


僕の転機:誰にも褒められない仕事に気づかされたこと


「評価されない日々」に心が折れそうだった

数年前、あるプロジェクトでチームリーダーを任されたときのことです。

会社としては重要な案件。

でも、派手さはなくて、ミスが出ないように丁寧に仕上げる地味な仕事。

誰かから「すごい」と言われることもなく、社内でも特別評価されるわけでもない。

けれど、スケジュールは厳しく、プレッシャーは大きい。

ミスが起きれば責任はすべて僕のもとへ。

僕はとにかく「失敗だけはできない」と、細部にまで気を配り、黙々と働き続けました。

でもある日、ふとこう思ったんです。

「なんで、こんなに頑張ってるのに誰にも気づかれないんだろう?」
「これ、意味あるのかな…」

気づけば、自分の存在意義すらわからなくなっていました。


それでも「やるしかない」日々の中で見えたもの

そんなある日、あるベテランの同僚が休憩中にふと言ったんです。

「〇〇さん(僕の名前)、あの手順変えたでしょ?あれ、めちゃくちゃ助かってるよ」

驚きました。

誰も見ていないと思っていた細かい工夫を、ちゃんと見てくれている人がいたんです。

「すごい」と言われたわけじゃない。

でも、「役に立ってる」と言われたその一言に、なぜか涙が出そうになりました。

「評価されなくても、誰かのためになっていた」
「自分が“見えない価値”を積み重ねていた」

その瞬間、自分の中にあった“自尊心の小さな火”がふっと灯った気がしたんです。


目立たなくても、価値はある

そこから少しずつ、僕は「人に認められること」だけに価値を置くのをやめていきました。

・誰にも気づかれないような努力
・感謝されない日常の積み重ね
・ミスを防ぐための地味な確認作業

それらは、他人からは見えないかもしれない。
でも、確実に誰かの役に立っていて、自分の“誠実さ”の証でもある

そう思えるようになってから、ちょっとだけ肩の力が抜けた気がします。
そして、こうも思ったんです。

「他人に認められなくても、オレはオレの価値を知ってる」

これが、自尊心を少しずつ取り戻す第一歩でした。


同僚との会話に気づかされた「認められたい気持ち」


「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」

あれは、ちょっと気が抜けなくてピリピリしていた時期のこと。

同じチームの年下の同僚と、何気ない雑談をしていたとき、ふとこう言われたんです。

「〇〇さんって、いつも完璧にやろうとしてますよね。
そんなに頑張らなくても、誰も怒らないのに…って思うことありますよ」

その言葉を聞いた瞬間、胸がズキッとしました。

「手を抜いてるって思われたのか?」と一瞬ムキになりかけたけれど、
そのあと、妙に冷静になって自分に問いかけたんです。

「オレ、何のためにこんなに頑張ってるんだろう?」
「誰に認めてもらいたいんだろう?」


承認欲求を否定する必要なんてない

「誰かに認められたい」って気持ち、ありますよね。

それ、悪いことじゃないんです。

僕はずっと、「そんなこと言ったらダサい」とか「自立してる人は人の目を気にしない」と思ってました。

でも本音を言えば──誰かに「すごいね」と言ってほしかったし、
「ちゃんと見てるよ」と言われるだけで救われる瞬間もあった。

その同僚との会話のあと、帰り道に考えました。

「人に認められたいって、実はすごく自然な感情なんじゃないか」

「それを“恥ずかしい”って隠してたから、余計に苦しくなったんじゃないか」

そして僕は、ようやく素直にこう思えるようになりました。

「オレだって、人に認めてもらいたいんだ」
「でもそれだけじゃなく、自分でも自分を認められるようになりたいんだ」


“誰かの一言”より、“自分のひとこと”

他人の評価や言葉に救われることって、本当にあります。

でも同時に、「それがないとダメ」な状態だと、自尊心は常に不安定です。

だからこそ、僕は少しずつ、自分の心の中に“もうひとりの自分”を育てていきました。

たとえば、こんな風に。

  • ミスなく終えた日に「今日もよくやったな」と自分に声をかける

  • 誰にも気づかれない努力を「オレ、えらいじゃん」と認めてあげる

  • 疲れてるのに踏ん張った日には「よく頑張った」と、心の中で拍手する


最初は照れくさいけど、だんだんそれが自然になってくると、
他人の評価に一喜一憂しなくなってくるんです。

認めてくれる人がいないときこそ、「一番そばにいる自分が、自分を認めてあげる」──それが、自尊心の土台になると僕は思っています。


心理学でわかってきた「自尊心の正体」


自尊心ってなんだろう?

「自尊心」って、言葉としてはよく聞くけれど、実際に「それって何?」と聞かれると、なかなかうまく説明できなかったりしませんか?

ざっくり言えば、

「自分には価値がある」と、自分自身が思える感覚

のことです。

たとえ他人から褒められなくても、
たとえうまくいかない日があっても、
「それでも自分には価値がある」と思える。

それが、自尊心。

この感覚があるかないかで、人生の見え方がまるっきり変わってきます。


自尊心の「源泉」はどこにある?

心理学の世界では、自尊心は「自己評価の高さ」だと考えられています。
その源は、大きく2つ。

  1. 外的要因:他人からの評価・承認・賞賛など

  2. 内的要因:自分の内側から湧き出る「自分を認める力」

多くの人が「外的要因」に頼りがちなんですよね。

誰かに褒められないと、価値を感じられない。

成果が出ないと、自分を責めてしまう。

僕も、ずっとそうでした。

でもそれだと、環境に左右されすぎてしまって、
心がずっとジェットコースター状態になります。

じゃあ、どうすれば「内的要因」

つまり「自分で自分を認める力」を育てられるのでしょう?


自尊心の土台は「条件付きの自己評価」から「無条件の自己肯定」へ

ここで大事なのは、「条件付き」と「無条件」の違いです。

  • 条件付きの自己評価:
    「ちゃんと成果を出せたから、自分には価値がある」
    「誰かに認められたから、自分はOKだ」

  • 無条件の自己肯定:
    「うまくいかなくても、自分には価値がある」
    「今日何も成果がなくても、オレはオレでOK」

これ、簡単そうに見えて、実はめちゃくちゃ難しい。

僕自身も、「何もしてない自分」を肯定するのが本当に苦手でした。

でも、意識的に「ダメな自分もOK」と思うようにしていくうちに、
だんだん心が安定していったんです。


自尊心がある人の“共通点”

心理学者ナサニエル・ブランデンは、自尊心を構成する柱として
こんな要素を挙げています。

  • 自分の感情や考えを尊重する

  • 自分の行動に責任を持つ

  • 自分のニーズや願いを無視しない

  • 失敗しても、自分を見捨てない

つまり、自尊心のある人は「自分を大切に扱っている人」なんです。

言い換えれば、自分を雑に扱うクセがついていると、どんなに実績があっても、どれだけ褒められても、自尊心は育ちません。


どうすれば「自分で自分を認める力」を育てられるのか?


「自尊心を高める」は、スキルである

まず最初に伝えたいのは、自尊心って「才能」じゃないということ。

自己肯定感が高い人って、なんとなく「もともとそういう性格なんでしょ?」と思われがちですが…

実は違います。

自尊心は、日々の積み重ねで“育てていける”ものなんです。

筋トレみたいなもの、と言ってもいいかもしれません。

いきなり腹筋が割れるわけじゃないように、
いきなり「自分大好き!」になれるわけじゃない。

でも、ちょっとずつ「自分との付き合い方」を変えていけば、
確実に“自分に優しくなれる力”がついてきます。


ステップ①:「成果」ではなく「過程」を認める

僕たちはつい、「何を成し遂げたか」で自分を評価しがちです。

  • 売上を達成した

  • プレゼンが成功した

  • 部下が育った

もちろん、それらは素晴らしいこと。

でも、それがなかった日は、価値がないんでしょうか?
そんなこと、ないはずですよね。

だからこそ、こう言い換えてみてほしいんです👇

  • 売上は達成できなかったけど、粘り強く提案を続けた

  • プレゼンに失敗したけど、前より堂々と話せた

  • 部下がミスしたけど、怒らずにフォローできた

成果じゃなく「プロセス=努力そのもの」に価値を見いだすこと。

これだけでも、自分を見る目がやわらかくなっていきます。


ステップ②:「小さな成功体験」を積み重ねる

自尊心を育てるには、「自分はできる」という感覚が必要です。
でも、それっていきなり大きなチャレンジをして得られるものではありません。

おすすめは、“超”小さな成功体験の積み重ね。

  • 朝、目覚ましで起きられた →「よし、やるじゃんオレ」

  • 今日、コンビニで店員さんに笑顔で「ありがとう」って言えた →「いいね、自分」

  • タスクを1個でも終わらせた →「進んだ自分、えらい」

こんな風に、誰も褒めてくれない小さな一歩を、自分でちゃんと拾い上げる。

それだけで、心のなかに「オレは、オレを見てるよ」という感覚が芽生えていきます😊


ステップ③:「否定の言葉」を「許しの言葉」に変える

自尊心が低い人の特徴として、自分に対して厳しすぎる、というのがあります。

  • 「なんでこんなこともできないんだ」

  • 「またやっちゃったよ、ほんとダメだな」

  • 「オレなんて、どうせ…」

これ、他人に向けたら絶対言わないような言葉ばかりですよね。

でもなぜか、自分には遠慮なく言ってしまう。

だから、これを意識的に変えていきます。

  • 「できなかったけど、ちゃんとやろうとしてたよね」

  • 「間違えたけど、そこから学べるならOK」

  • 「今日はダメでも、明日また頑張ればいい」

「責める」から「許す」へ。

たったそれだけでも、心は少しずつほぐれていきます。


大切なのは「いま、ここにいる自分」を認めること


自尊心って、未来の自分や理想の自分じゃなく、
「いまの自分をどう見ているか」で決まります。

理想に届いていなくてもいい。
昨日より前に進んでなくてもいい。

「ちゃんと、いまここに立っている自分」
「揺らぎながらも、何かを掴もうとしてる自分」

それを、あなた自身が認めてあげてください。


今日からできる、シンプルなアクション3つ


ここまで読んでくださったあなたは、
きっともう「自尊心は他人に認められて育つものではない」
ということを、どこかで感じ始めていると思います。

でもいざ、日常に戻ると…

「やっぱり誰かの評価が気になる」
「また自己否定してしまう」

そんな声が、ふと心に浮かんできますよね。

だからこそ、具体的に「どうすればいいか」を明確にしておきましょう。

今日から実践できる、シンプルで現実的な3つのアクションをご紹介します👇


アクション①「今日の自分を3つ褒める」

これは、僕が今でも毎晩やっている習慣です。

1日の終わりに、ノートやスマホのメモに「自分を褒められることを3つ」書き出す。

たとえば…

  • 朝、ギリギリでもちゃんと会社に行った

  • 後輩の話をちゃんと最後まで聞いた

  • 無駄遣いしなかった

どんな小さなことでもOKです。

誰も見ていないし、評価もしません。

でもこれ、やるとわかるんですが、「今日の自分、悪くなかったな」って思えるんです。

1日1回、自分を肯定する時間を作る。
これが、じわじわ効いてきます😊


アクション②「“でもね…”を口ぐせにする」

自己否定が浮かんできたとき、それを打ち消す魔法の言葉があります。

それが、「でもね…」です。

たとえば…

  • 「あー今日も上司にうまく伝えられなかった…」
     →「でもね、あの場でちゃんと伝えようと思った自分は、えらい。」

  • 「子どもにまた強く言いすぎたかも…」
     →「でもね、感情的になるくらい、大切に思ってるってことだよね。」

  • 「また無駄にSNS見て1時間過ごしちゃった…」
     →「でもね、今こうして反省してる時点で、進歩してるよね。」

否定を「でもね」で包み込む。
それだけで、自己対話のトーンが変わります🌿


アクション③「“誰かと比べたくなったら、自分の昨日と比べる”」

SNSや職場、友人との会話で…
どうしても他人と比べてしまう瞬間、ありますよね。

  • あの人はもう課長なのに、自分はまだ…

  • 同年代なのに、家庭も仕事も順調そう…

  • なんで自分だけこんなに苦しいんだろう…

でも、他人は他人。自分は自分。

そんなシンプルな言葉、わかっていても難しいものです。

だからこう考えましょう👇

「昨日の自分より、ちょっとでも前に進んだか?」

  • 昨日より早く起きられた

  • 昨日より優しくなれた

  • 昨日より疲れていても頑張れた

そんな「自分比」でいいんです。

勝つべき相手は“昨日の自分”だけ。


あなたは、もうすでに価値がある

ここまで読んでくださったあなたに、あらためて伝えたいことがあります。

誰かに認められなくても、
何かを成し遂げていなくても、
今ちょっと元気がなくても…

あなたは、もうすでに価値がある。

これは、きれいごとじゃなく、僕自身がようやく信じられるようになった実感です。

管理職として、親として、社会人として、いろんな“役割”をこなすなかで、何度も見失ってきたけれど…

最後に残ったのは、
「オレはオレでいい」
という、ささやかだけど力強い言葉でした。


📢読者のみなさんへメッセージ

このnoteが、
「なんでこんなに苦しいんだろう」と思っていたあなたの心に、
ほんの少しでも光を灯せたなら、とてもうれしいです🌿

自分の価値は、外から探すものじゃなくて、
自分の中にそっと置いてあるもの。
今日からまた、あなた自身との対話を大切にしていきましょう🕊️


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ニック@メンタルほぐし部 この記事を書いてる間、冷蔵庫のタコがこっち見てたんです🐙 「チップ貰えなかったら、どうなるかわかってんやろな?」って。 怖すぎるんで、どうか助けてください…(震)

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